2009年12月18日金曜日

〝エレレレ〟完成!


昨日衝動買いした
「大人の科学マガジン」の「ミニエレキギター」
完成でござる〜

以前作ったウクレレキットとは比べ物にならないほど
簡単な組み立て作業なのだが
今回は“木工”作業ではなく“電気配線”作業がメイン
というところが
わたくし的には非常に新鮮であった

でもそういう作業に慣れてないから
作成図を見ても「あ〜あれね」みたいに
すぐ飲み込めるわけではないので
かなり完成まで時間がかかってしまった
ハンダ付け作業があったわけでもないのに
そしてかなり疲れた
ふ〜ぅ
  
   
しかしネックなんてもう
完全にウクレレキットだ
フレット間隔もほとんどウクレレだなと思って
手持ちのソプラノウクレレと並べてみたら
ほぼピッタリ

作業を終えて
ウクレレ・チューニングをして
ついに電源スイッチをオン
ボリュームを上げて弾くと
おぉ〜エレキのディストーションサウンドが小さく炸裂
結構いい音というか
エレキギターっぽさのある歪んだ音がちゃんと出てる

スチール弦だけどウクレレ風に指で弾くと
不思議な感じ
ウクレレの静かなプライベート感覚と
エレキギターのノイジーなライヴ感覚とが一緒になって
トリップしたような世界

まだ弦を張ったばかりだから
ピッチが安定していないけど
これはオモチャとしてかなり面白いぞ

写真ではガンメタリックっぽいカラーに見えるが
本体は黒とベージュのプラスチック
これでもう少しネックに幅があると
弾き易いかな

アンプ用の基板やミニスピーカーが
むき出し状態で覗いて見えるのも
ちょっとサイバーっぽくてカッコイイのだ

エレクトリック・ウクレレ(electric ukelele)
略して“エレレレ”(elelele)誕生である

“レレレのおじさん”のほうきと取り替えてあげたくなる名前だな

2009年12月17日木曜日

ミニエレキ〝ウクレレ〟!

店頭で発見し
その場で買ってしまいました
大人の科学マガジン Vol.26 ミニエレキギター
(学研教育出版、2009年、3,675円)

このシリーズは「Vol.17 テルミン」が
ずっと気になっていて
いつか買ってしまうんじゃないかって思いつつ
ちょっと迷い続けていたのだ

先日実際にテルミンの演奏を聴いちゃったし
ホンモノのテルミンに触っちゃったし
にゃ〜こから“テルモン”とか呼ばれてるし

ところがこの「ミニエレキギター」は 
迷う間もなく即買いしてしまった

なぜかというと
内蔵アンプ&スピーカー付きの弦調32cm全長42cmという
ミニギターが付いているのだ(実際は“作る”のだが)

それだけではない

それが通常のギターの
1弦から4弦までを張る4弦ギターなのだ
4弦と言えば
そう“ウクレレ”である

実際書籍の中に
サザン・オールスターズのベーシストで
ウクレレ愛好家でもある関口和之氏が

「大きさがウクレレ・サイズだし、
   4弦といえばボクは何でも
   ウクレレに見えちゃうんです。」

と言いながら
このミニギターを 
ウクレレ・チューニングで使っている
という記事まで載っている

これはエレキ・ウクレレになる!
と思った瞬間に
レジに持って行っていたのであった

やっちまったぜ衝動買い

        給料ゼロに
        なったその日も
        また散財
        テルモン門絵門



無給生活初日の印象

今日から無給になったわたし

不思議なもので
何が変わった訳でもないのに
職場との距離が遠くなった気がする

復帰したいとかしたくないとかじゃなくて
もう復帰できない場所になったんだなぁっていう感じ

もちろん実際にはそんなことはないんだけど
自分の中ではまた一つ
気持ちの整理がされようとしているんだろう

次の仕事
塾の講師とかでもいいのかな
とか考えてみたりして
でもせっかく新しいことやろうっちゅうのに
今更な感じもするしなぁ

吹っ切らないと次へ行けないのかもしれない
体調が回復してくれさえすればなぁ




2009年12月14日月曜日

ドラムレッスンで基本のフィルインを練習

メロディーの切れ目やメロディーからサビへ移る時などに
ドラムがリズムを刻む以外にちょっと違った動きをすることを
フィルインと言う
“おかず”などとも呼ばれる

今日は基本のエイトビートから
“裏打ち”のフィルインを入れるという
わたしにはなかなか手強いコンビネーションをやった
チッダッ、チッダッ、チッダッ、チッダッ」って感じ

チッ」はハイハット、「ダッ」はハイハット&バスドラ
でも次のステップとして
ダッ」をクラッシュシンバル&バスドラに
その次に左右のシンバル&バスドラに
さらにハイハット(オープン&クローズ)&バスドラに変えていく
つまりどんどん難易度が高くなる

わたしはハイハットに乗せた左足に
右足のバスドラと同じタイミングで力が入ってしまう
つまり一緒に踏み込んでしまうクセがあるのだ
だから「ダッ」の“裏ウチ”のバスドラに併せて左足の力を抜き
ハイハットをオープンにすることがなかなかできない

でも何回も繰り返し練習しながら
少しずつ新しい回路ができていくことはとても面白いし
30分以上ドラムを一心不乱に叩いているというのは
ストレス発散と適度な運動の面でもイイ感じなのであった
スネアの音も気持ち良いしなぁ

そして今日は講師の先生に頼んで
教室で売っているスティックを新しくゲットした
今使っているもののチップ(先端)が少し割れてしまったのだ

先生ご推薦の逸品がこの
VIC FIRTH(ヴィック・ファース)5A」であった
先生曰く

「今お使いになっているものと違って、スティック表面がコーディングされていないから、手にフィットする感覚があると思いますよ。」

とのことだった
確かに手に吸い付くような感じ

後でネットで調べた宣伝文句によると

「コンピューターペアリングシステムで木材の微妙な個体差を読み取り最適なペアマッチング。高度な技術と洗練された品質を誇るVIC FIRTH。そのなかでも5Aは定番中の定番で、もっとも人気のあるモデル。」

だそうである

しかし新しいスティックかぁうれしいなぁ

今のスティッックは現任校に異動した時に
教員バンドでもできるようになるといいなと思って買ったものだから
2年半ぶりってことか

ちょっと大げさに言えば
スティックも過去を引きずらないモノになったってことだな

  

2009年12月10日木曜日

なぜかカセットテープでビートルズな夢

にゃ〜こと旅行に行くため
駅のホームで電車を待っている

でも電車が来るのにはまだ大分時間があるせいか
みんなまるでベッドの上で本を読むみたいに
寝転んで好きなことをしている

お客さんの数もそんなに多くない

後から来たお客さんも
「ここいいですか?」と言って
隣に寝転ぶ

すると待っていた電車がやってくる
と思ったらおもちゃの列車で
貨物車のところに色々な品物が積んである

それがホームに停車しないで
回転寿しみたいなスピードで
目の前を動いていく
好きなものがあったら取って下さいとでも言うように

わたしはにゃ〜こと顔を見合わせ
「どれにしようかねぇ」と相談する

結局わたしの好きに選ぶことになり
手に取ったのはなんと
1本のカセットテープであった

ところがこの1本に
ビートルズの全アルバムが収録されているという
透けて見えるテープの量はカセットケースに
ようやく押し込んだみたいになっている

すげぇなぁ〜よく入ったなぁ
でも例えば「アビーロード」聴きたいなぁとか思ったら
延々早送りしなきゃいけないのかなぁ
長時間テープはきれいに巻けなかったり
切れちゃいそうで恐いなぁ
などと思いながら
取りあえず曲を聴く

するとテープがぐちゃぐちゃに乱れそうになりながら
なんとか普通に音が流れてくる

そんなテープの巻き具合を心配していると
やっと電車がやってくきて
にゃ〜こと乗り込む
二人の旅行の始まりだ
わ〜い

そこで目が覚めた

取りあえず学校の夢シリーズは終わったみたいである
シーズン2が始まらないことを祈ろう

 

2009年12月8日火曜日

「再婚生活 私のうつ闘病日記」に思う

 
再婚生活 私のうつ闘病日記」(山本文緒、角川文庫、2009年)読了。そして、わたしはまだきちんと「休んで」いないのかもしれない、そう思った。

自分は「うつ病」ではないと思いながら、「うつ病」体験者の本にはとても興味がある。前向きに人生頑張ろうっていう気合いの本も、こうしてビジネスシーンを生き抜けみたいなハウツー成功術本も、スローライフ&リラックスお勧め本も、今ひとつピンとこないのだ。

むしろ「うつ病」や「アルコール依存症」などの、闘病生活を綴った本の方が、とても身近に感じるし共感したり、納得したり、安心できたりすることが多い。

そしてこの「再婚生活 私のうつ闘病日記」も、日記形式なのでその日その日のココロとカラダの揺れ具合が細かく記されていて、読み出したら止まらなくなった。

わたしは本の種類に限らず、気になった表現や文章があると、そのページの上の角を折るという習慣がある。英語でdog ear(犬の耳)というらしいが、今回はdog earだらけとなった。

日記形式のエッセイとして開始し、前半部分が約半年、入院生活に至るまでの記録。間に2年2ヶ月のブランクが空いて、後半も約半年間の、回復へ向う記録だ。間の空白期間は、文章を書くことも出来ない最悪の時期をさまよっていたという。

その中で「結果的にはこの実家で過ごす数ヶ月が大きなきっかけになりました。」という一文がとても印象に残った。そして次のように述懐する。

「わたしは実家で来る日も来る日もこんこんと眠りました。食事も少ししか摂らず、風呂にも四日に一度くらいしか入らず、ただただ眠っていました。(中略)そっとしておいてもらえたので、話をしないでいいというのが楽でした。夫にはやはり気を遣っていろいろ話をしていたのです。もちろん夫との会話は楽しいもので、それが苦痛だと思ったことはありません。でもそのときの私はただじっと眠っていたい時期だったのだと思います。そしてものすごく久しぶりに「休んでいる」という実感を持ちました。
    この病気になってから専門家にもそうでない人にも全員に『ゆっくり休め』といわれましたが、休むということがどういうことか、それまでまったくわからなかったのです。体を休めても頭はぐるぐると目まぐるしくネガティブなことを考え続けていてちっとも休んだ気になれませんでした。この時私はやっと何も考えずにぽか〜んとすることができました。」
(同書より)

そういう状態にわたしは残念ながらまだ至っていない。「うつ病」ではなく「適応障害」だという思いから、むしろ現場を離れた今はもう大丈夫みたいな気になって、前へ進もう進もうとしている。これは違うんじゃないかと思ったのだ。

著者自身、「わたしは長年不健康な生活を送ってきて、その結果身も心も病んでしまったんだと思います。」と振り返り、胆のう炎により胆のうの摘出手術を受けている。そう言えばわたしも胆のうにストレスがかかっていると指摘されたではないか。

だから「うつ病」であれ「適応障害」であれ、わたしもストレスで歯車の狂ってしまったカラダの回復に時間が必要なのだ。その部分は同じなのだ。現場を離れたからOKみたいな簡単なことではないのだ。わかってはいたつもりだったが、本書を読んでそれを実感したのだった。

しかしわたしには「帰るべき実家」はない。実家は「老老介護の場」で、これ以上心配や迷惑を増やすことは決して出来ない。

だから少しずつ少しずつ今の生活の中で、自分を休ませていくしかないのだろう。昨年の病休時に比べれば、確実に気持ちの安定度は高まってきている。でも昨日今日みたいにカラダの不安定感はまだまだだ。そしてカラダの不安定感はココロの不安定感を引きずり出す。

これは長期戦なのだと思ったのだった。



2009年12月6日日曜日

不祝儀袋を聞かれたわたし

安売りで名高いドンキ・ホーテが近くにあるのである。

あの落ち着きのないディスプレイと、ヤンキー割合の多い客層はあまり好みではないんだけど、安いものがあることと珍しいもの(妖しいもの)があることから、割と良く立ち寄るお店なのである

昨日のこと、ふらふらとこのドンキの店内を物色していたら、若いOL風のスーツ姿の女性から突然声をかけられた。もう超びっくり。だって店内だから道を聞かれるわけではないだろうし。いったい何事?

そうしたら

「あのぅ、すいません。香典袋で『御霊前』と『御仏前』て
   二種類あるんですけど、どっちがいいんでしょうか?」

と聞かれてしまったのだ。

うら若き女性から突然声をかけられてドギマギするわたし。
 『御霊前』と『御仏前』の違いがわからずオタオタするわたし。
すいません、この歳になっても常識がなくてと反省するわたし。

そして、いやもう申し訳ないんですが格好つけて“知ったか” して、

「『御霊前』の方が一般的ででいいんじゃないですかねぇ。」

とかいい加減なことを言ってしまったのだ。

後で家で速攻調べたところ、「御霊前」は49日の法要までで、49日の法要後は「御仏前」だそうな。なぜかと言うと、亡くなった方は、亡くなってすぐに「仏」になるのではなく、「49日」の間は「霊」としてこの世で、生きている間の「垢【あか】」を落とし、仏になるための色々な準備をするというのだとか。

また、地方に寄っては1周期の法要後に初めて「御仏前」を使うところもあるらしい。また浄土真宗で執り行われる葬儀にお供えする場合は必ず「御仏前」なのだと。おかげさまで大変勉強になりました。

そしてその女性は、雰囲気からしてこれからお通夜かお葬式に出席されるような感じだったので、結果的に香典袋は「御霊前」でOKであったのだ。デマカセとは言え恐らく結果オーライである。よかったぁ。

わたしが適当なアドバイスをしたのを聞いた後、その人は突然照れ始めて微笑みながらさって行った。我に返って、店員さんじゃなくて突然見知らぬお客さんに質問した自分にびっくりしたみたいな感じだったのが初々しかったです。

しかしなぜわたし。
きっとかなり無害・無防備に見えるんだろうなぁ
それは恐らく良いことなのである、と思いたい。

ちなみにそこに「ご香典」袋があったらパニクっていたに違いない。実際はこれが一番宗派に関係なく使える万能香典袋であったのだが。もちろん仏式でなら、だけど。

さらにちなみにわが家(父親)は神道なのである。そうすると「御榊料」「御神饌料」「御神前」「御玉串料」などというものになるらしい。知らなかった…

新しい曲「NOHiLi E(ノヒリエ)」

ウクレレ教室での新しい曲「NOHiLi E(ノヒリエ)」が、とても良いのだ。静かなリズム、美しいメロディー、ゆったりと開放感に満ちた世界が広がる感じ。

曲が気に入ると歌詞が気になる。そこでハワイアンサイト「HUAPALA」で見つけた、ハワイ語の英語訳から、歌詞の内容を調べてみた。

Nohili E(ノヒリエ)Muriel Amalu作

霧が立ちこめ、ぼんやりしたような気持ちがやってくる
モキハナの愛を求めて
(この感覚)は今まで知らなかったもの
今始まりつつあるこの愛

   ノヒリ
   吠える浜辺の砂
   心に響く
   陽気な曲

なんと華やいでいるんだろう
パハパハ(海藻)が生い茂るポリハレの浜は
そこでは海の水しぶきは
二つの霧が崖を這い上るかのように飛び跳ねる

いつでも美しい水
それはわたしの肌をぞくぞくさせる
この名高い水
それは青草の茂った山々からやってくるのだ 

A misty, foggy feeling comes to me
For the love of the mokihana
(This feeling) is unfamiliar to me
This love that is happening

    Nohili,
    The barking Sands
    A merry tune
    For the heart

How festive is Polihale
With the lushness of pahapaha (seaweed)
Where the sea spray seems to leap
Like two mists that creep upon the cliffs

Always beautiful
Water that makes my skin tingle
This famous water
That comes from the lush mountains

ハワイの島々で最も古いカウアイ島の美しい情景を唄った曲。

モキハナはハワイを象徴する植物。カウアイ島にノヒリ岬とポリハレビーチがあり、ポリハレビーチは、バーキング・サンズビーチとも呼ばれる。

昔は砂浜から聞こえてくる音を、静寂を破られたことに抗議する亡霊によるものだと考えられていたらしい。

神話では、主人のノヒリが漁から帰ってこないことを心配した3匹の犬が、吠える(bark)声とされているという。

という背景はともかく、歌詞にどことなくエロティックな感じが漂うのもハワイアン風。この曲はメロディーを弾くんじゃなくて歌いたい曲だな〜。

2009年12月2日水曜日

「再婚生活 私のうつ病闘病日記」山本文緒

   
再婚生活 私のうつ闘病日記」(山本文緒、角川文庫、2009年)を、読みながら休職から1年、病休から1年半のこれまでのことをつらつらと考えてしまった。

心身症的傾向の強い適応障害の身としては、カラダとココロの両方を休ませることが大事なのだが、最初はココロを休ませるのが大変だった。

突然大きく予想もしない生活の転換だったから、混乱し自責の念にかられ不安定になり、ぐるぐると思いが同じところに留まることから、やっと少しずつ前へ前へと目を向けることができるようになってきたこの頃。

周りの人の理解や応援のお陰なのはもちろんだし、こうやってブログを書きながら、一生懸命「前向きな物語」を自分に語り続けて来たことも大きい気がする。

予想外だったのはストレスが体調に強く出ること。それもそうした回路の根がかなり深いこと。ココロが上向いてもカラダはそれがカラ元気だと見抜く。そして敏感に警報を鳴らす。ちょっと調子に乗ってビール飲んだりすると、すぐ不調信号が出たし。

だから今は気持ち的に安定してきたとは言っても、ストレスの度合いはカラダの反応を見て判断する、そんな感じになってきてるかなと思うのだ。

夜2時前には寝て朝8時までに起きることを目指していたが、夜1時までに寝て朝7:10に起きるというパターンがだいぶ定着した。起きたらちゃんと着替え、洗濯干しをする。

「七時過ぎに顔を洗い、知る内儀に着替えて簡単に化粧。別にすっぴんでもいいのだが『起きたこと』を意識しないと果てしなくだらだらしてしまうので。」(同書より)

という入院中の生活の部分を読んで、わたしにとっての「起きたこと」への切り替えスイッチは洗濯干しだなと思った。でもカラダが要求してきたら昼寝もする。

これまで「気合い」で色々乗り越えて来たけれど、今はカラダの声に耳を傾け「気合い」は封印したい。しかしこの「気合い」でこれまで生きて来た歴史があるから、頭で考える程なかなか簡単には封印ができない。

負けず嫌いなところがあるんですよかなり。でもそうやって自力で試練を乗り越えて来たという自負もある。だから基本的に自分の力を信じているのだ、大した根拠でもないのに。

であれば「気合い」を封印するというよりは、できなさそうなことをやってしまうための「気合い」から、できそうなことを敢えてストップする「気合い」に変える、というのが気持ち的には自然でいいのかもしれない。

「うつ病」もその症状の現れ方は様々だという。「適応障害」もわたしはカラダに来るタイプ。でもその方が恐らく「うつ病」化には向わないに違いない。実際「抗うつ剤」服薬は2/27日に止めてるが問題はないし。この間ウクレレ発表会前にちょっとだけ安定剤として復活させたけど、眠くて仕方なくなったっていう印象の方が強い。

だから今はカラダがバロメーター。にゃ〜こと話していたのだ、来年の夏にはまた一緒にビールが飲めようになるのを目指そうって。

2009年11月28日土曜日

メルヘンライアーという楽器

PIXTA用の写真素材として面白いものはないものかと、仕舞い込んだ古いものなどを物色していたら、「メルヘンハープ」と書かれた小さな楽器が出てきた。長さ30㎝ほどの耳のような形をした楽器で、弦はちょうど1オクターブ分の8本。

思えばもう15年以上も前になるのだが、Mac関連の書籍を数冊出させていただいたことがあった。

そのどれかの付属プロッピーディスク(懐かしい!)に、オリジナルの稚拙なメロディー音を入れておいたら、突然見知らぬ方から「そのメロディーがとても気に入りぜひ自分の作品にそのサウンドデータを使わせて欲しい」というご連絡をいただいた。

言わば著作権に配慮した使用許諾願いである。非常にご丁寧な方だなと思って即了解したら、なんとお礼にと、この「メルヘンハープ」を送ってきてくれたのだった。「もう使わなくなったのでお譲りします」と手紙が添えてあった。

   
当時はあまり興味が持てずにすぐに仕舞い込んでしまったが、今回あらためて調べてみると本来はライアー(Leier:竪琴の意のドイツ語)と呼ばれる楽器だとわかった、新品なら当時で3万円以上するドイツ製の輸入品である。

このライアーという楽器は1926年にドイツで考案されたという。ピアノから外側のボディーや鍵盤を取ってみたら、残るのは弦とそれを支える骨組みだけ。それを指の平で弾いてみたらどうなるか、ということからこの楽器ができたのだとか。その発想が面白い。

音がとても小さいため、音楽を演奏して人に聴かせるというより、1人で心を静めるために用いたり、心理療法のために用いられたりするという。そしてその仲間で一番小さいものが、この「メルヘンパープ」こと「メルヘンライアー」なのであった。

普通はペンタトニック(レ・ミ・ソ・ラ・シ・レ・ミの5音階)に調弦するらしいが、取りあえずダイアトニック(普通の全音階)に調弦して鳴らしてみた。

小さな音
繊細な音
自分に向けた音

なんだ、これはカリンバやウクレレと同じじゃないか。まず自分を癒すための小さな楽器。また新しい音に出会えてうれしい。ずっと待っていてくれてありがとねメルヘンライアーちゃん。

ちなみに送っていただいたライアーは、「東京アルゲンスムーシカ」で手に入れたものとのことであった。でも今見てみたら「メルヘンライアー」は見当たらなかったから、現在は貴重品なのかも。



2009年11月24日火曜日

これが爆弾唐揚げだ!


以前ご紹介した

「お知らせ   
オカズはいつもほっかほかではありません」

と貼紙がしてある
強気なお弁当屋さんの
「唐揚げ弁当」の
爆弾のように丸く大きく
そして黒い唐揚げがこれである


グロテスクなほどでかい
フタも浮いてしまって閉まらない
 もっとアップで見ていただこう


どうです
まさに爆弾でしょ

でもちゃんと唐揚げです
おにぎりみたいになった
チキンの固まりです

時々無性に食べたくなります

でも
食べると確実に胃がもたれます
2個でも十分かと

う〜



2009年11月14日土曜日

寝起きの不快感

眠くなって横になって
目が覚めたら1時間半くらい眠っていた

夢も見ず
間に目を覚ますことも無く
なかなか心地よい眠りのはずなのだが
寝起きに
少し気持ち悪さがあるのだ
これが非常に残念なのである

眠たさは解消されている
眠れた喜びみたいなものもあるのだが
このかすかな気持ち悪さが
そうした喜びを台無しにしてしまう

これはやっぱり首の問題なんだろうな
眠ると首がある程度固定される
首に常に圧力がかかる
横を向いて寝る方が良いのだが
上を向いて寝てしまう時も多い

この首にストレスが出ているんだなきっと
それでも重苦しいとか頭痛がするとか
そこまでは行っていないから
まだ軽症で済んでいるんだろう

「ジェイゾロフト」止めて
カラダが再び
「ジェイ無し体制」作りをしている最中なのかもしれない
コロコロ変えてカラダも困っていることだろう
すまん

しかし
気持ち良く眠って
気持ち良く目覚めたいものだなぁ

 

「ジェイゾロフト」断薬してみて

一昨日から
抗うつ剤「ジェイゾロフト」の服薬を止めて
そろそろ効果も消える頃かと思われるが
眠い

ただ「ジェイゾロフト」服薬の時の
ひどく眠いわけではないけれど
常に眠くいつでも寝られてしまうっていう
ちょっと変な状態とは違うような気がする

いずれにしても
なんとかウクレレ・フェスタ後の一週間を
今日で無事乗り切ったことになる

よくがんばったねぇ
ご褒美にお昼ねをさせて上げよう




2009年11月13日金曜日

艶笑話を一席

なんですな、お互い好き合った者同士
一つ布団の中でナニをナニするだけじゃなくて
いわゆる睦言(むつごと)
英語で言うところのピロートーク
つまり一緒に横になりながら交わす
他愛ない会話ですな
これもまた
二人にとっては楽しいもんでして

「いつも右ににゃ〜こで左にわたしが寝てるじゃん。」

「うん、そうだねぇ。」

「いつからそうなったんだろうねぇ。別に逆でもいいのにねぇ。」

「う〜ん、ベッドがさぁ右側を壁につけて置いてあるから、
 もんちゃんが気を遣ってにゃ〜こが落ちないようにって
 左に寝てくれたんだよ、確か。
 あと、最初狭そうにしててからだはみ出し易かったからじゃない?」

「そっかぁ。じゃあ外でお部屋に入ってた時はどうだったっけ?」

「う〜ん、でもこういう感じじゃなかったかなぁ。」

「自然にわたしが左でにゃ〜こが右になったのかなぁ。」

「あ、違った!」

「え?」

「もんちゃんが上でにゃ〜こが下。」

お後がよろしいようで

(わたしは真剣に考えていたので、ツボにはまって大爆笑でした)



2009年11月12日木曜日

この眠気はジェイゾロフトのせいかも

今日も昼に1時間半くらい寝て
夕方にゃ〜この部屋で1時間ぐらい寝て
帰りの電車で乗り換え駅を寝過ごして
今また眠いのであった
今日もまた太極拳行けなかったしなぁ

この執拗な眠気は
抗うつ剤「ジェイゾロフト」のせいじゃないか
そんな気がするのである

不調にならないように
眠れ眠れと
カラダに働きかけてくれているのか
それとも
「うつ」ではないのに服薬しているから
眠気やダルさという
副作用だけが強く出ているのか

そのあたりの判断が難しい
だから「ジェイゾロフト」の断薬時期も難しいのだ

いずれにしても
「二日酔いシンドローム」にも「腹痛」にもならず
発表会から4日が過ぎた
これまでならもう不調になる時期を越えようとしている
眠いなら寝ればいいか

でもこの眠さが「ジェイゾロフト」のせいなら
このままの状態だと生活のリズムが作れないから
時期を見極めて断薬せねばならぬ

あと最近見るヘンな夢も「ジェイゾロフト」のせいじゃないか
何となく間が抜けた夢



2009年11月4日水曜日

抗うつ剤「ジェイゾロフト」思案

気持ちの落ち込みから
昨日久しぶりに
抗うつ剤「ジェイゾロフト」を飲んだ

人体実験と称して
しばらく続けてみるつもりでいたのだが
はてどうしたものか

気持ち的には上向いているのだ今日は

体調の悪さがはっきりと表に出たせいで
スッキリしたとも言えるし
昨夜の「ジェイゾロフト」が効いたのかもしれないし

この体調不良自体
突然「ジェイゾロフト」飲み始めたりしたせいかもしれないし

まぁしかし
先週も昼寝ばかりしていたくらいだから
カラダがまだ弱っていることは確かだな
「ジェイゾロフト」の服薬の影響ではないだろう

熱は36.8度まで下がった
でも頭痛は残っている
食欲はそれなりにある
インフルエンザの時の症状に似ている
ただ今のところ38度以上の高熱にならないだけだ

取りあえず飲んでおこうか今日も
「メイラックス」を助けて
一緒にこのカラダのストレスを和らげておくれ

この不安定さは辛過ぎるぜ

2009年10月31日土曜日

「www HR Giger Com」ギーガー作品集

   
スイス人の画家、デザイナー、HR・ギーガーの絵画・造形作品集である「WWW HR Giger Com (Taschen 25th Anniversary Series)」(TASCHEN, 2007)が届いた。

HR・ギーガーと言えば映画「エイリアン」の造形で一躍有名になったアーティストであるが、わたしはEL&Pの「恐怖の頭脳改革」などのアルバム・アートで知るようになった画家だ。

忘れもしない高校生の頃、池袋の西武デパートのどこかの一角に洋書の画集や写真集が置かれていたコーナーがあった。そこでわたしはギーガーの本来の作品群に出会った。

人間と機械と昆虫が融合したような、サイバーでエロティックで「カッコイイ」世界を“夢見て”手に取った彼の作品集には、ホルマリン漬けのような赤ん坊が無数に並んでいた。

「見ては行けない世界を見てしまった…」

瞬間にそう思った。しかし見てしまったからには記憶から消せない強烈な世界。甘美な吐き気を催させるような未知の快感。

おぞましいのだけれど妙に魅かれる絵の数々。その本にはそんな異様でグロテスクで、幼い高校生の想像力を吹っ飛ばす世界が描かれたいた。

そして本書である。ギーガーというと何となく平面的な構図が多いイメージを持っていた。色使いもモノクロームに近い金属的でリアルなものが多い気がしていた。

しかしここにはポップな色使いがなされたドローイングや、数々のデッサン、建造物の設計図、 立体物、そしてピンバッジまで、今まで見ることができなかった作品が多く掲載されているのが特徴だ。

しかしそれから数十年経って今あらためて見てみても、スゴい世界である。何かこう境界を越えてしまった者の力を感じるのだ。
   
   

2009年10月23日金曜日

「東京都教員採用試験が低倍率」の記事を読んで

今日の朝日新聞夕刊に次のような記事が載っていた。

先生 異例の追加採用人気?の東京、ねらうは東北、九州

小学校の教員採用試験の受験倍率が2倍台と低く、都教委はこれでは優秀な人材が確保できないと嘆いているという。考えようによっては失礼な話である。敢えて東京を選ぼうとしている人たちに対して。

だいたいが都教委は「ボランティア」授業の必修化など、全国に先駆けて様々な取り組みを率先して行ってきている。非常に忙しい教育環境なのだ。先日ポシャったオリンピック招致だって、東京に決まっていれば教育現場にどんな無理難題が降り掛って来だろうと思うと空恐ろしい。

現場は次々に上から降りてくる様々な課題や制度の改変に追われっぱなしだ。まさに自転車操業状態で、これでは

授業の新鮮なアイデアとか、そのための周到な準備とか、きちんとした評価とかができるわけがないじゃないか

と以前から思っていたのだ。

学校(校長)と教育委員会との関係も非常にドライである。これもいかにも東京的である。

開設準備室にいたとき多くの指導主事に合って感じたのは、校長はあくまで教育委員会の下っ端に過ぎないということだった。たまたまその時の校長、そして現任校の校長が都教委経験者だったため、卑屈さがないというか、経験者の自信があるというか、ある意味対等に話をしていたけれど、それは経歴故の特別な関係だった。

基本的に校長にとって教育委員会、指導主事は絶対の存在である。まぁ力のある指導主事は本当によく働いていて、いつ家に帰っているのか分からないほどで気の毒なくらいである。だから一概に権威的であるだけではないことは確かだけれど。

面白かったのは、研究開発校(これに選ばれること自体、学校として相当名誉なことらしい)という文科省の特別指定校になって、その主担当として研究テーマ別分科会に出席した時のこと。

他県では代表校と教育委員会の担当者が並んで席に座り、仲睦まじく研究内容や発表・説明内容について最後の詰めをしているのに、東京都だけは担当指導主事は全く別のところに座って仲間意識の一端も見せなかっただけでなく、あろうことかわたし(東京都)が発表している最中に突然

話が長いので手短に

と口を挟んできたのであった。唖然。多分10グループ近くいた他県の人たちも皆唖然。無礼千万この上なし。

わたしは頭に血が上って、話途中でいきなり「以上です」と言って発表を終えた。話は見事にぶった切れた。さむ〜い雰囲気が一同を包んだことは言うまでもない。

東京都にはそういうところがある。「いっしょにやろう」ではなく「言う通りにやれ」っていう感じ。へんなプライドがあるんだな。

新聞記事では最後に笑わせてもらった。

都会の子どもは生意気そうとか、親もうるさそうというイメージを持たれているが、東京といっても都心だけではない。多摩や離島もあり、田舎と環境は変わりません」

と都教委はアピールしているのだと。こりゃ笑うしかないだろう。
だってこれは

確かに都心では生意気な子どもとうるさい親がいますけど)

って暗に言ってるようなもんでしょう。
それに採用になったら、どこへ行かされるかわからないんだし。「多摩」に行ける確約が取れるんですか?

現実問題として、確かに生徒や保護者など様々な問題を抱えていることは事実なんだから、せめて都教委は、教職員を手厚く保護して欲しいものだ。教員がのびのびと、生徒と接する時間が取れるように、教職員にゆとりのある職場作りを考えて欲しいなぁ。。

いや、無理だな体質的に。教育委員会は首都の教育を背負ってるって自負があるから。そのプライド、というかおごりはちょっとやそっとじゃ捨てられるものじゃない。

だってそもそも東京の教員になることに魅力がないから倍率が下がったんだろうに。そこを考えないで他県に人材を求めようとすること自体、おかしいんじゃないの?自分らを顧みる力が無い証拠だろう。

2009年10月22日木曜日

不調続きな2週間

ドラムのオンステージが終わって
一応の満足を得ながら
憔悴しきった後
腹痛による反動が来たのが先週だった
もうそんなことも忘れていた

水曜日にもがき苦しんで
それでも木曜にやっとの思いで
3週間ぶりの太極拳へ行き
土曜日にウクレレで弾きまくって
復活したかと思った矢先に
こどもが新型インフルエンザになった

気をつけなきゃと思う間もなく
自分が(たぶん)新型インフルエンザに罹った
体調的には翻弄され続けた2週間
地獄巡りの2週間ちょっと間に休憩ありって感じ

恐いのは
今ちょっと「二日酔いシンドローム」の予感
うっすらと漂ってきていることだ
カラダの不調は
弱っているところに響く

今日は「メイラックス」×2錠と
「ベンザリン」×2錠
そして頭痛薬の完全防衛体勢で寝るとしよう

「二日酔いシンドローム」の辛い点は
横になっても眠れない
どういう体勢でも休めないという点だ
まさに二日酔いと同じ
それだけは避けたいのである

そこを切り抜けて
やっと復活ってことになるだろう