2026年8月29日土曜日

越後湯沢〝湯治〟の旅

8月15日のYour Stage前から、
8月23日の母の葬儀終了まで
長々と続いていた緊張状態のせいか、
体調が悪く、疲労が消えず、腰も痛く、
これはとにかく養生せねばならんと思い、
越後湯沢に〝湯治〟一泊旅行に行ってきた。



天気が悪かったため
「湯沢高原パノラマパーク」行きの
湯沢高原ロープウェイが運休なこともあり、
のんびり出発して昼頃に「越後湯沢」駅に到着。

構内にある「小嶋屋」でお昼をいただく。
『へぎそば』二人前と『上天ぷら』の組み合わせで
お腹いっぱいになった。




チェック・インまでにはまだ時間があったので、
駅前の「HATAGO井仙」にある
喫茶室「温泉珈琲 水屋」で
コーヒーとプリンをいただく。

この宿はかつてワタシがダウンした時に
真っ先に避難した場所なのだ。
ああ、懐かしい。




そしてお宿の「雪の花」へ。
館内が畳敷きになっているのがうれしい。
部屋も広く、清潔感もあって超満足。
生まれて初めて、
自分でコーヒーミルで豆を挽いていれたコーヒーを
味わえたのもよかった。








夕食は、半個室なので落ち着いて食事ができた。
利き酒もできたが、ワタシは超久しぶりに
体調の心配をせずに旅先で生ビールが飲めて幸せ。





温泉にも二度浸かり、
湯船でぼおっとして過ごした。
至福の時間であった。

余日の朝食も豪華。
朝からしっかり食べる。



相変わらず天気は雨模様だが、
あまり天気の影響を受けないと思われた
清津峡」を見に行くことにする。

日本三大峡谷の一つに数えられる場所で、
雄大な柱状節理が特徴とのことだが、
お目当ては『清津峡渓谷トンネル』の
終点にあるパノラマステーション。
半円に切り取られた開口部と
足元に水が溜められた『水盤鏡』が美しかった。

しかし、それ以外にも、
トンネル通路の妖しいライティングや
三箇所ある個性豊かな『見晴所』も楽しく、
外の自然の風景と相まって
幻想的な世界を楽しむことができた。




その後、越後湯沢駅まで戻ると、
駅ナカの「新潟らーめんセンター」で昼食をとり、
今日は運行していた湯沢高原ロープウェイに乗って
「湯沢高原パノラマパーク」へ向かう。

ロープウェイは動いているが、天気は今日も悪く、
時折雨が降り、近くの山がガスで隠れるほど。
乗りたかったボブスレーは中止だった。

それでもコキア畑を見て、
あやめ池からロックガーデンを散歩し、
ペアリフトに乗って上に着く頃には
少し晴れ間が見え始め、
ロープウェイの山頂駅に戻ってみると、
花壇越しに下界までの絶景を眺めることができたのだった。






ということで、
〝湯治〟というにはアクティブで、
普段の旅に近いものがあったが、
逆にそれだけ動けるくらいに
心身ともにリセットされた旅だった。
実際、腰痛はきれいに消えたし。

いつにも増してトイレが近かったのには困ったが、
からだがストレスでためこんでいた水分を
排出する必要があったのかもしれない。
珍しく足がむくんだりしていたしなぁ。

いずれにしても、何よりとても楽しい旅であった。
いつものことだけど、
今回もまた、ありがとうね!

2026年8月25日火曜日

講師の先生からのありがたいコメント

Your Stage終了翌日に母が亡くなったので、
直後のレッスンはお休みして、
今日十日ぶりにレッスンに参加し、
やっと講師の先生から
コメントをいただけたのだった。

「そもそも、穏やかな曲を演奏しがちなウクレレで、
 複雑なリズムのジャズ・フュージョンに挑戦したのが
 スゴイですね!
 演奏も良かったですよ!」


と褒められた。
よしよし、満足だ。

でも、興奮冷めやらぬステージ当日に
メールで構わないから
このコメントがもらえたら、
もっと嬉しかっただろうけどね。

2026年8月24日月曜日

とどこおりなく葬儀終了

実家近くの葬祭センターにおいて、
母の葬儀を、一日葬、神葬祭で
無事とり行うことができた。

まずは当日を迎えるまでが超大変。
葬儀社との打ち合わせやら、
親類への逝去の報告と会葬の確認やら
(お付き合いのある)宮司さまへの依頼やらで
比較的日数があったにもかかわらず
当日を迎える頃にはすでにクタクタ。

そして当日は、
父の時に続いて二度目の喪主。
葬儀祭後の喪主挨拶が
前回も今回もプレッシャーだったが、
前回のように
皆さんが椅子に座っている状態で
葬儀後に話す準備していたら
今回は出棺前という
皆さんが立っているタイミングに
変わっていたのだ。

これでは長話はできない。

そこで急遽頭をフル回転させて、
話そうと準備していた内容から
三つのトピックだけに絞って
カンペなしでしゃべったのだった。

我ながらすごいアドリブ。
そして、喪主挨拶を含めて
葬儀はとどこおりなく終了した。

父方と母方それぞれに、
二枚ほど、懐かしい写真を用意して、
葬儀と火葬の間にお渡しした。

母が高齢だったため
参列者のほとんどが子ども世代だったので、
母と、ご自身の親が写っている
古い写真を用意し、
手持ち無沙汰な時間も
ちょっとした会話の材料に
なれば良いと思ったのだ。

写真は楽しんでいただけたようだった。

そうして、とにかく、葬儀は終わった。
まだお返しなどやることはあるし、
五十日祭や納骨などもあるが、
一番の山は越えることができた。

今日は、疲労困憊、体調不良、腰痛…。
それも次第に良くなることだろう。


半世紀前の母(右端)

2026年8月16日日曜日

母が亡くなる、享年96歳

まるで
ワタシの昨日のYourStageが終わるのを
じっと待っていてくれたかのように
今日の午後
病院と介護施設が併設されている施設に
昨年から入所しいた母が
静かに息を引き取った。

折しもお盆の最終日、
現世にやって来ていた父が
帰り際に、
そっと連れて行ったのかもしれない。

苦しむこともなく、静かにその生涯を閉じた。
96歳の大往生である。


ウクレレ・ソロ:サントリー・ホールで「スペイン」(チック・コリア)



昨日の8/15日、
Your Stageで「Spain」を弾き倒してきた。

思いもよらない箇所、それも二箇所で、
左手が迷子になり、
一瞬頭が真っ白になったが、
足で刻んでいたリズムはほとんど乱れず、
すぐ次の箇所から演奏に戻るという
驚異的な粘りを見せ、
曲としては止まることなく
最後まで弾き切ったのであった。
それもわれながらかなり力強い音で。

もちろん、あれだけ練習したのに
パーフェクトな演奏ができなくて残念
という気持ちは大きいが、
あれだけ練習してきたから、
曲を一瞬見失っても、
平然と元に戻れたのだろうとも思うのだ。
これぞ練習のタマモノと言うべきか。

ということで、
意外と残念感よりも充実感の方が強いかも。

とにかく、曲がりなりにも
人がやらない難しい曲を
大きく破綻することなく
ステージで披露できたのだから
自分を褒めてあげようと思う。