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2022年10月9日日曜日

実家のお片付けをがんばったのだ

弟がコンサートに行くというので
ショートステイから戻ってきた母さまを
見守りつつ
片付けをしたのだ。

階段に上り下りできる〝道〟を作り…


部屋に通り抜けできる〝道〟を作り…


あちこちに散乱していた新聞をまとめ…


下水のような異臭を家中に放っていた
かなり長く放置されていたと思われる台所シンクを
ブラシと金タワシとスポンジで掃除して…



やっと少しだけ環境がよくなった気がする。

母様の今後のショートステイ計画も立ち、
気持ち的には中々充実した一日であったが、
一夜明けたら、腰やら背中やらが痛い…。
中腰での作業が多かったからだな。

今日はからだを休める日にするのである。


2022年9月28日水曜日

母さま、突然錯乱

今年92歳になる母かかさまが、
昨日突然錯乱あそばされて、
実家の庭の植え込みに倒れているところを
近所の人が見つけて家に入れ、
どうにか連絡先を聞き出して
ワタシに電話してくれたのだ。

そして、そのまま付き添いながら、
ケアマネさんや主治医にも連絡を取ってくれた。
何とありがたいご近所さんたちだろう。

2時間近くかけてかけつけると
ケアマネさんがいてくれて、
事情を聞いた上でバトンタッチ。
行きがけに買った菓子折りを持って、
お世話になったご近所さん宅をまわり、
お礼をしながら事の次第を確認。

でも母さまの頭の中では
事実とまったく違う話が作られているようで、
興奮したように何度も何度も
「今日の出来事」を話してくれるのだ。

確かに最近、
ワタシが訪ねていっても
「どちらさま?」状態が続いていたが、
生活は穏やかだったのに、
妄想に導かれて家の外に出てしまうという、
今までにない〝事件〟は初めてだったので、
今後どうするかを
ケアマネさんと相談して決めることになっているが、
やはりケアマネさんが言っていた
介護施設ショートステイで様子見となりそう。


■母さまの頭の中の物語。

ワタシが「今日は忙しい」と言いながら朝バタバタと仕事に出て行った後、隣の部屋にいるお父さんの様子を見ようとしたら家からいなくなっていて、見ていたテレビ番組の、浅草の中継に出ていた。徘徊だ、大変だ、と思って外に出てみたら、庭の植木の間で裸のまま倒れていた。それを見て「お父さん!お父さん!」て騒いでいたら、近所の人たちが集まってきて、家の中に運び入れてくれた。こんなにビックリしたことはないよ。



同居していて忙しく朝出ていくのは
ワタシではなく、ワタシの弟。
父は8年前に他界している。
隣の部屋にいる父は
脳梗塞で長年ほぼ寝たきりだった頃の父らしい。

でも、確かに錯乱しているんだけど、
暴れたり、攻撃的になったりはしていないから、
せん妄ではないような気がする。
やっぱり認知症だろうなあ。


2022年9月4日日曜日

窓用エアコンを掃き出し窓に設置してきたのだ!

かれこれ5年くらい前から、
実家1階のエアコンが壊れ、
高齢の母さまの生死に関わる問題だと、
毎年弟に、喧嘩になるくらい何度も強く
買い換えを迫っていたのだが、
結局、CDとパンフレットで
ゴミ屋敷のようになった部屋を片付けられず、
その結果、業者に取り付けに入ってもらえず、
実家は毎年、エアコン無しで
猛暑を過ごしてきたのだ。

2年前くらいから、
2階のエアコンを「強」で運転し、
サーキュレーターで1階に冷風を降ろすという
苦肉の策でどうにか暑さをしのいでいたが、
弟が動かないことにはそれ以上どうにもならず、
何か打つ手はないかと思っていたのだ。

今年のお盆には強力サーキュレーターを買って
少しでも多く冷風を1階に送るようにしたのだが、
その後ネットを見ていて、
窓用エアコンが使えることに気づいたのだ。

前から窓用エアコンは知っていたのだが、
いわゆる腰高窓にしか使えないと思っていたのだ。
ところが、延長取付枠というものを使えば、
掃き出し窓でも使えることが分かったのだ。

ということで、さっそく
エアコンと延長取付枠を購入して、
実家でエアコン取り付け作業を行った。



サッシのかたちが古かったこともあって、
窓の端に窓枠を取り付けるのに
かなり手間取ってしまったが、
そこは粘り強さと臨機応変さでがんばって、
何とか固定することができたし、
エアコンを載せても大丈夫なくらいの
強度も得られのであった。

狭くて暑い場所での試行錯誤だったので、
終わる頃には疲労困憊だったけど、
無事エアコンから冷風が吹き出すと
すべてが報われたように
気持ちよかったのである。

それでも弟は「ありがとう」の一言も言わない。
まあ、「勝手にやるから」と言って
勝手にやったことだから、
いいんだけどね。

とにかく
数年来の懸案であったエアコンの設置を
こうしてついに実現させることができて、
ワタシ的には超満足である。

2021年7月23日金曜日

実家詣でとお墓参りに行ってきたのだ

久しぶりの実家詣でで、
ついでにサーキュレーターを持っていって、
壊れて冷房がきかないエアコンに代わりに
サーキュレーターに活躍してもらうことにしたのだ。

使えるエアコンは2階、
壊れたエアコンがある居室は1階だから、
冷たい空気が下に下がる性質を利用して、
2階から1階に、冷気を大量に送り込もうという
次善の策である。
夏場は24時間フル稼働の予定だ。



1階のエアコンを買い換える計画は、
どうにも部屋を片付けられない弟の強情さに
ついに心折れたのであった。
コロナ自粛期間の間に、
さらにゴミ屋敷化が進んでしまったし。

でも、これで1階の冷房化が
少しは進んだかもしれないなぁ。

その後、久しぶりにお墓参りへ。
行きはタクシーを使い、霊園まで行って、
帰りは少し炎天下を歩いて
ムーミンバレーパークの
シャトルバスで駅まで戻ってきた。



昨年末に亡くなられた、叔父様の墓石が
隣に建っていたのにはびっくり。
建ったばかりみたいだから、
近々何かアナウンスがあるのかしら。

ちなみにウチの時は
「納骨の義」として親戚に集まってもらった。
直会(なおらい)も行い、お返しも用意した。

そんなことを思い出しながら、
帰りは宮沢湖を横目にしながら
メッツァビレッジを抜けて、
シャトルバスのバス停へ。



カラフルなビニール傘の出迎えが美しかった。
やっぱり、地味だけどメッツァビレッジは良いねぇ。

でも帰ったら暑気に当たったのか、
ダウンしてしまったのだった。
でも行けて良かった。


2020年11月18日水曜日

六年目の命日であった

11月16日は、父上の6年目の命日であった。
夜中にタクシーを飛ばして
実家近くの病院に明け方到着したあの日から、
6年が経つのである。

仏教は7が基本(初七日、四十九日)だけど、
神道は10(十日祭、五十日祭)が基本で、
神道の式年祭(法事)は、
一年祭、三年祭、五年祭、十年祭とやるのだが、
仏式は数え年だけど、神道は満で数えるから
父上の場合、本当は去年が五年祭だった。

まあ、もう関係者がみんなお年だし、
母君も90歳にならんとしているから
日々の暮らしで精一杯なので、
式年祭は無しで、
内々でのお墓参りだけで
済ませてもらったのだ。

でも、お墓参りには行ってこようと思う。


2019年12月25日水曜日

久しぶりのお墓参り

結局、8月のお盆も、9月のお彼岸も
お墓参りに行けなかったことを気にしていたのだが、
昨日ようやく、行くことができた。

実家のゴミ運搬用の旅行用スーツケースを持っていたのて、
最寄り駅を降りてから、コインロッカーを探したのだが、
見つからないでウロウロしている目の前に、
霊園近くまで行ってくれるバスが来ていたので、
思わずスーツケースを持ったまま飛び乗ってしまった。

スーツケースはまだ空だったから、
見た目ほど荷物ではなかったのだが、
勢いでバスに乗ってしまったので
お榊を買うのを忘れてしまった。

でも割高ながら供花なら霊園で売っていたので、
それを買ってお供えした。
まあ、華やかだから、
それはそれで喜んでいただけたであろう。
  
霊園から出ると、少し離れたところに土手が見え、
その向こう側には、メッツァとムーミンバレーパークが
広がっているのである。
でも、こちら側は
昔とちっとも変わらない、田舎の風景なのだ。


  
再びバスで最寄り駅まで戻り、
実家に行って、あれこれ仕事をし、
またまた大量の紙ゴミを持ち帰った。
さすがに大分減ってきたのがうれしい。
この「内緒でゴミ持ち帰り大作戦」、
ジワジワと結果が出てきた気がするぞ。

  
ところで、お墓の近くの畑道で
とある親子連れとすれ違った時のこと。

赤ちゃんを背負ったお母さんに手を引かれた
3歳くらいの女の子が、突然
「こんにちは!」
と言ってきたので、
ワタシのことか?といぶかしがりながらも
「こんにちは…」
と返したら、
去り際に再び
「バイバイ!」
と言われたので、
「バイバイ」
と答えたら
その女の子が満足そうな顔をし、
お母さんが少し笑ったのだ。
一瞬のことだけど、何だかほっこりしたなぁ。  
  
  

2019年9月17日火曜日

実家ごみ処理大作戦 第2陣

先週の第1陣に続き、
今週もカートによるごみ処理を敢行。
ライブやら美術展やらの
大量のパンフレットを持ち帰ってきた。
  
山のように積まれていたパンフレットを
こうしてビニール袋に入れて
崩れないようにしたのだが、
この袋がまだまだ10個以上はあると思う。


  
塵も積もれば山となることを願って、
地道に少しずつ処理していくのである。
  
CDの片付け方法も考えねばだが、
まずはこのビニール袋が減れば
大分空間が広くなるはずだ。
  
がんばるぞ〜!
  
  

2019年9月10日火曜日

第二次実家ゴミ処理大作戦開始!

実家があまりにもゴミ屋敷なので
その一番の元凶であるパンフレット類を
弟に黙って持ち帰り、
(言えばいろいろうるさいし、
 言わなければ気づかない)
こちらでゴミとして処分するということを
以前一度やったのだ。
  
おかげで、だいぶ不用品が処分できたが、
折りたたみカートが帰る途中で壊れて、
えらく大変だったことがあってから、
何となく第一次大作戦は終わってしまったのだった。
  
でも、今度はエアコンを入れるという大義があるから、
今度はな〜このスーツケースを借りて、
再び本気で、ゴミ処理を再開したのだ。

いやぁ、スーツケースなので
大破する恐れはないけれど、
それでも重くて苦労したのである。
でも第一陣は本日移送&処理を完了した。
  
本来ならほとんど紙ゴミ(資源ゴミ)なのだが、
CDや本を入れていたビニール袋も
かなり混ざっているので、
普通ゴミで出してみた。
大丈夫かな?
  
これを何回か続ければ、大分スペースが空いて、
エアコン業者さんに、
家の中や、階段を上がって屋根の上に上がって、
取り替え作業をしてもらえるようになるだろうし、
実家のゴミ屋敷化も、ある程度防げるかもしれないな。
  
えらいなぁ〜わたし(自画自賛劇場)!
  

2018年11月12日月曜日

〝オレオレ詐欺〟被害危機一髪!

実家の母さまのところに
〝オレオレ詐欺〟電話があり、
あろうことか、母さまはそれを信じてしまい、
タクシーで銀行まで行って、
お金を下ろそうとしたのである。
  
たまたま営業で家に良く顔を出してくれていた人が、
その時は内勤でそのフロアにいて、
母さまに気づいて事情を聞き、
これは〝オレオレ詐欺〟だということになって、
事なきを得たのだが、
そのあと警察の事情聴取とかあって
けっこう大変だったようだ。
  
電話では、何か仕事上のミスをして
とにかく100万円を補填しなければならなくなったから、
銀行で100万円下ろしたら、
また指定の番号に電話してほしい、
みたいな手口だったらしい。
  
おとり捜査としてその番号に電話して、
金を取りに来た〝出し子〟を捕まえることもできたのだが、
母さまもかなりの高齢で
乱闘騒ぎとかに巻き込まれても困るので、
事情聴取のみで終わったとのことだった。
  
最初は母さまも、
  
「何をバカなことを!
 これがウワサのオレオレ詐欺か?」
  
とか思っていたのが、
やり取りをしているうちに、
コロッとその気になってしまったのだとか。
  
ちょっと信じられないが、
当事者になるとそんな感じらしい。
  
いやあ、こわい、こわいねぇ。
危機一髪で済んで良かった〜
  
  

2018年10月23日火曜日

実家に縁台を設置したのだ!

実家の母親が、
縁側から身を乗り出して
物干しに洗濯物を干すのが危険&困難になったので
縁側に繋げる形でウッドデッキを作った。
2012年6月のことだ。


それが6年の歳月を風雨にさらされたことで
朽ちてボロボロになり
逆に危険になっていたのが気がかりだった。
  
そこで今度は雨にも強いステンレス製の縁台を
取り付けることにしたのだ。
手すりはないけれど、
畳一畳分の大きさの縁台を、
縁側の外に、組み立てて、取り付けた。
  
  
ウッドデッキは、とりあえず足だけ外して、
端に寄せておいたのだが、
まあ、処分はおいおい考えることにする。
  
基本的に足を取り付けるだけなのだが、
家にプラスドライバーが見当たらなかったので、
駅ビルの百均まで買いに行ったりして、
予想外に時間がかかってしまった。
でも予定通り今日完成させることができて良かった。
  
そのタイミングゲットしたクーポンを使いながらも
2万円近くする品を、ネットで見て注文するという
ちょっと思い切った買い物だったが
色も大きさもバッチリで、
大正解であった、ということにしたいと思う。
  
  

2018年6月14日木曜日

実家のエアコン買い替えを巡る戦い

実家の居間のエアコンが壊れかかっている。
水漏れもひどく、風量も弱く、ルーバーも効かない。
それを早く買い換えろと二年前くらいから
口を酸っぱくして言ってきたのだ。
相手は弟である。
  
この惨状を招いている張本人だ。

  
ほとんどが彼のCDである。
自分の部屋に入り切らなくなり、
階段を侵食し、ついに居間にまで押し寄せてきたのだ。


全部をきれいに片付けてもらいたいが、
少なくとも居間の床を空けてもらわないと、
エアコンの交換作業ができない。
しかしこのCDの山は、人には触らせないのである。
だから手は出せない。言うしかないのだ。
  
ようやくエアコンのカタログを見始めたらしい。
何を悠長なことをしているんだか……。
わたしと、母と、訪問看護師さんが言い続けて、
それでもこんな呑気なのだから、
どこかタガが外れているとしか思えない。
  
しかし、片付けでも、取替作業の立会いでも、
予定が立って言ってくれればやると伝えてあるから、
今はとにかく、待つことにしよう。
  
数年前にわたしが
全部きれいに片付けたことがあるのだ。
ああ、本当にこの夏に間に合うのか不安だなぁ。

2018年3月19日月曜日

「菊乃井 湯葉にゅうめん」を実家へ持って行く

ウクレレ仲間のある人の弦交換をしてあげることになり、
ちょっとお茶をした際に、
実家の母が2月半ばにインフルエンザにかかって以来、
微熱も続いていて寝たり起きたりで
満足な食事もできていなくて、
訪問医から栄養失調気味だと言われたと話したら、
後日、これは作るのも簡単だし、
美味しいし、食べやすいよ、と
「菊乃井 湯葉にゅうめん」をいただいたのだ。
  

これが、湯葉入りの超細麺で、
何と、丼に麺と具を入れて、
熱湯を注いだら、蓋かラップをして3分で出来上がり。
カップ麺かチキンラーメンか、っていう簡単さなのだ。
  
そして母さまは、美味しいと言って完食!
いやぁ、ありがたいなぁ。
  
卵豆腐と茶碗蒸も買っていったので、
少し食べ物のバリエーションが増えると良いんだけど。
  
今週はお彼岸だから、もう一度実家からさらに先にある
霊園までお墓参りに行ってこなきゃだ。

  

2017年11月29日水曜日

実家用にセラミックファンヒーターを購入!

足腰の不自由な母さまの実家では、
ずっと灯油のファンヒーターを使っていたのだが、
母さまが一人の時に灯油が切れると、
必死の思いで外までタンクに給油しに行くというので、
それならばと、急遽電気ファンヒーターをネットで購入し、
自宅へと発送した。
  
24時間つけっぱなしな生活になるだろうから、

電気代もかなりかかることになるが、
そんなことは言っていられないのである。
部屋のモノが増えるのも、この際、致し方ない。
  
悩んだ末に決めた、
「パナソニック セラミックファンヒーター」である。
決めては、温風パワーかな。
石油ファンヒーターの代替品を目指すのだから、
劣るとは言え、それなりのパワーはどうしても欲しい。
  

今日、実家へ行って、現物を確認してきたのだが、
予想以上に温風が強く、
灯油ファンヒーターよりもはるかに小型&軽量で、
母さまでも持ち運び可能。
加湿用の給水タンクもビッグサイズだから、
加湿機いらずなのだ。
こりゃ便利だぞ。
  
さすがに一番寒い時期は
灯油ファンヒーターの復活もあるかもしれないが、
今日は灯油の方はコードも外してあった。
今は本機一台で事足りているということである。
  
何より母さまから

「夜に灯油切れの心配をしないだけでも、

 気持ちの上でとても楽になったよ」

と言われたので、

良い買い物ができたということだな。
  
こういう母さまの日々の生活に関わることは、
即断即決が大事であるなぁ。

2017年4月26日水曜日

母と一緒におばのお見舞いに行く

足の悪い母をタクシーに乗せ、
小一時間かけておばの入院する病院へ行ってきた。
母は長女、おばは一番下の四女である。
  
台所で倒れていることろを認知症の旦那さんに発見され、
救急車で入院、手術をしたのだが、
以来ずっと昏睡状態が続いているのだ。

その旦那さんも、転んで脳挫傷となり、

別の病院に入院中である。
二人の面倒は息子兄弟の兄が看ている。
弟は数年前に倒れ、両親に自宅介護されながら
昨年亡くなったばかりだ。

病院の中では母を車イスに乗せ、

ワタシが押して歩いた。
母としても掛ける言葉が見つからない。
ただ、「いろいろ苦労したねぇ」「苦しくないかい?」と
くり返すばかりだった。
  
鼻とのどからチューブが伸びているの痛々しいが、
顔色は悪くない。苦しそうな様子もない。
ただ昏昏と眠り続けている。

ワタシは、小さい頃に一二度会ったかどうかぐらいで、

写真では知っているが、話をしたような記憶はない。
だから、母もいるその場ではなおさらのこと、
おばに対しても、母に対しても、
掛ける言葉は一つも浮かんでこないのだった。

家に帰る途中から、強烈な鼻炎症状が出た。

花粉症は終わったはずだったのになぁ。
体がショックを受けてバランスが崩れたのか、
はたまた風邪を拾ってきてしまったのか……。
慌てて「ストナリニ」を飲んだが、効きが悪い……。

ふと、自分があの立場になったら、

な〜こだけ、そばにいてほしいなぁ、
そして、体をさすってほしいなぁと思った。
  
いや、ワタシはな〜こより
1日でも長生きすることになっているから、
ワタシが最後の最後までそばにいて
体をさすってやりたいなぁ。

母を連れての病院はけっこうハードだったけど、

それ以上に、いろいろハードな体験をした一日であった。
  
  

2015年11月18日水曜日

一周忌のお墓参り

一周忌は11月16日。
一日遅れの昨日17日に、お墓参りに行ってきたのだ。

これまで墓建ての打ち合わせ・確認も

納骨・忌明けも
駅や実家からタクシーを使っていたのだが、
今回は誰と待ち合わせることもなく
一人でのんびりと行くお墓参りなので、
最寄駅からテクテク歩くことにした。

大まかに言えば

「飯能」駅から八高線の隣駅「高麗川」駅へ行く
ちょうど真ん中あたりが霊園だ。
途中か車道の両側が杉で囲まれ、
薄暗い山道へ入ってゆく。
  
その山道の頂上付近が宮沢湖であり、
そこから少し降り始めたところから脇道へ入ると
宮沢湖からの水を利用した里山の中に
霊園があるのである。


  
紅葉はまだこれからといった様子で、
ところどころ赤や黄色が目立ち始めたくらい。
それもまだ色鮮やかなところまでは行っていない。

駅から歩くこと45分。ちょっとしたハイキングであったが、

無事霊園につき、花を飾り、
墓石にお水をたっぷりかけ、手を合わせて、
お墓参りが無事、あっという間に、済んだのであった。
あれから一年経ったか……。

さあまた歩いて帰ろうと思ったところで、

せっかく来たから宮沢湖へ寄っていこうと思った。
ムーミンのテーマパーク「メッツァ」が作られるということで
注目度が上がった人造湖であるが、
今はかなりの寂れようである。


スワンボート・レンタサイクル・レンタルベビーカー・なかよし動物園・なかよしトレインプレイゾーンの「遊戯物」は、営業を終了しています。

だからな。

少なくとも元地元民として
遠くから宮沢湖を眺めていたワタシの印象としては、
2017年開業予定の「メッツァ」建設のために
営業が「終了」したわけではない。
もっとずっと前から「終了」せざるをえなかった感じなのだ。
  
かつての栄華がかいま見える分、寂しさもひとしおである。
今はほぼ巨大な釣り堀だ。



景色は良いし、湖畔をめぐる散策路も作られているのだが、

マップを見ると、かつてあった施設がほとんど姿を消したため、
合わせてトイレが端から閉鎖されているのだ。
これは観光地としては致命的ではなかろうか。
まだ見た感じ何の建設も始まっていないのに。
  
かろうじて釣り場付近に有料トイレがあったけれど
もう釣りでしか人を呼べないって感じが
ひしひしと伝わってくるのである。



あとは温泉ぐらいか。

ここは「カンブリア宮殿」でも取り上げられたらしいが、
とは言っても温泉と宮沢湖は、うまく連携しているとは言えない。
同じ場所にあるけれど、全くの別物なのだ。

もう少し紅葉が進むとキレイだろうなぁ、

でもムーミン・テーマパークは不安だなぁ、
などという印象を残した、数十年ぶりの宮沢湖訪問であった。
  
いや、お散歩で立ち寄るには、良い場所なんだけどね、
少なくともキレイな無料トイレさえ
散策路周辺にいくつか整備されていれば
湖畔を一周してみたかもしれないなぁ。
それだけで施設としての〝安心感〟が違うのである。

2015年11月13日金曜日

もうすぐ父の一周忌

父の実家の秩父地方では
〝いっしゅうき〟ではなく〝いっすいき〟と
呼ぶ(読む)ようであるが、
11月16日がその一周忌となる。

今年はその後にデザインフェスタが控えているが、
去年はデザインフェスタ終了一週間後の真夜中2時半に、
危篤連絡の電話で起こされて
タクシーを飛ばして実家へ行ったのである。

一周忌は特に親類も呼ばず、
うち内で御墓参りをするくらいで済ませる予定だ。
6月に忌明け・納骨で集まってもらったから、
お盆もお彼岸も呼ばなかったし、
一周忌も呼ばないのである。
次は三回忌(数えでカウントするので来年)だが、
どうするかは未定である。

うち内と言っても、御墓参りはそれぞれである。
弟は土日を含めて忙しいし、
母は体調や気分で行く行かないがころころ変わるから、
日を決めて一緒に行くのではなく、
ワタシは来週中で都合の良い日を選んで
一人で行くつもりである。

とにかく一年経ったところで、
ああ、良いお葬式だったなぁと言えて、
立派な墓石が建ったねぇと思えて、
こうして落ち着いて墓参りができるのがありがたい。

と言いながら、まだ祖霊社(仏式でいう仏壇)が
全然手つかずなのだ。
弟が忙しいのと、場所がないのと、
祖霊社自体の情報がなかなかないので、
まだ簡易祭壇のままなのだ。

こちらは三回忌までの課題だな。

2015年9月21日月曜日

お彼岸のお墓まいり

昨日はお彼岸の入りであった。
お盆の時は実家に来ていた・・・・父様に手を合わせたのだが、
今度は納骨以来となる墓参りに行ってきたのだ。

神式なのであるが、この時期にお墓参りするのは

実は仏式も神式も関係ないようなのだ。


お彼岸(ひがん)は、季節の変わり目であるとともに、ご先祖さまをおまつりする日本独自の大切な行事です。お盆にはご先祖さまをお迎えするのに対し、お彼岸にはお墓参りをしてご先祖さまに会いに行くといった意味合いがあります。

ということなのである。
  
そして、
やっぱり自分が動くといろいろ見えてくるのである。

お墓参りにはお花とお榊とお米と水を持っていくのだが、

特にお榊が手に入るか心配だったのだ。
もしかすると花屋さんを何軒かハシゴすることになるかも
なんて思っていた。

ところが実際に実家の最寄駅に着いてみたら、

なんのことはない、改札前に臨時の花屋が店を出していて、
お彼岸用のお供え花も、お榊も、すぐに手に入ったのだった。
花屋まで行く必要もなかったのだ。
もちろん多少お高いのかもしれないが、
ウロウロせずにさっと手に入る方が良いのである。

そして実家へ行って、母様と一緒にタクシーで霊園へ。


石屋さんが開いたという大きな霊園なので

お参りをするようなお寺さんもなく、
車イスを借りて母様を乗せ、水桶に水を入れて
車イスを押しながらすぐにお墓の前へ直行である。

仏式のようにロウソクを灯すことも、お線香をあげることもなく、

ちょこっとお掃除をして、お花とお榊を飾り、
お米を置いて、水をかけて、手を合わせる。
霊園から食べ物は置かないように言われているので、
缶コーヒーだけ置いておく。

あぁ、リポビタンDと缶コーヒー好きは

父様から受け継がれたものか……と思う。
まぁ昭和の人の一般的な嗜好品なのだろうなぁ。
本当は酒もタバコ(ハイライト)もなんだと思うが、
ワタシはタバコ(吸うならLucky Strike)は我慢、
酒は飲みたくても飲めない身(体が受け付けない)なのだ。 

しかし、要領がわからないとは言え、

汚れていた水鉢の水を、墓石の脇へぶちまけたのは
誠に申し訳なかった。
洗い場まで持って行って捨てるべきであった。
失礼いたしました、父上。

準備も現場での段取りも、

人にくっついて行ってやるのと
自分が中心になってやるのとでは違うのである。
今度はもう少しうまくやれると思うぞ。

2015年8月10日月曜日

新盆は内うちで

8月13日が盆の入り
8月15日が中日
8月16日が盆の送り。

盆の入りにお墓からご父上を家まで連れてきて
盆の送りにお墓へと送ってゆく。
ということで、二回墓参りをするのであるが、
新盆にもかかわらず、
ワタシは13日も16日も都合がつかないのだ。

でも6月末にどうにか忌明けも納骨も終えたから
新盆とは言いつつも、内うちで済ます。
だから盆の入りも送りも、
実家の母様と弟くんにお任せすることにした。

ワタシは、父上が家にいる14日に合わせて
実家へ行く予定なのだ。
申し訳ないが、一応葬儀も納骨も
それなりに大活躍したので、
今回は許してもらうのである。

11月の一周忌には
ちゃんとお墓まで行くからね。

2015年7月5日日曜日

6月のスマホ代出費が倍増!

通常7,000円代だったスマホ代だが、
今日届いた利用料金通知メールで
6月分の金額がなんと、
倍増の15,000円を越えていたのだ!
ひぇ〜!! 何事!

慌てて内訳を見てみると
通話料金がいきなり急増しているのだ。

おぉ、そうか……。
納骨がらみのやり取りで使った通話料金である。
実家の家電や弟の携帯や、
宮司さんや、墓石屋さんや、葬儀屋さんや、
普段ほとんど使わない通話機能を、
6月は使いまくったのである。

いわゆる通信費ってやつだな。
あぁ、こんなところで出費があったとは……。

もともと好きではない電話であるからして、
それだけストレスフルなやりとりをしていたのだな。

やっぱり納骨にまつわるお仕事は
本当に大変だったんだなぁと
あらためて実感である。

2015年6月28日日曜日

納骨が無事に終わったのだ

10:10過ぎに実家からタクシーに乗り
10:30前に霊園の建物に到着、
数分後に宮司さんもいらして、
さっそく葬儀社にセッティングしていただいた
祭礼用の和室を確認する。


祭礼用本堂は、イス席で良いのだが仏式専用だ。
でも神式なれどもどうしてもイス席でやりたかったので、
畳の部屋にシートを敷き、そこにイスを並べることにしたのだ。
  
そうすると祭壇の位置を高くしないと
座っている人から見下ろすことになってしまうので、
それなりの高さを確保し、見てくれも悪くなくしてもらうには、
やっぱり葬儀社に頼まなくてはできなかったのだ。
もちろんお供物を揃えるのも無理であった。

結果的に、かなりしっかりした祭壇になったと思うが、
半年経ってやっと忌明け法要と納骨を行うということもあるので、
これで良かったと思う。

そこに行き着くまであーだこーだと悩んだり、
葬儀社や宮司さんとやりとりをするのが、
なかなかシンドかったが、
決まってみれば、準備もスムーズで、出来栄えも見事、
慰霊祭も落ち着いた雰囲気で終えることができた。

梅雨時にもかかわらず、突然真夏のような晴天だったので、
墓前での埋葬祭も大分暑かったが、
雨や嵐よりはずっと良かった。


骨壷の埋葬時代は石材店でやってくれたので
特に力仕事があるわけでもなく、埋葬祭も無事終了した。
神式なので線香は焚かず、お水とお米をお供えする。

これで法事は終了、トータル約1時間であった。
そのあと建物に戻ってお清め(直会)で、
ワタシがMCみたいに仕切ったのであった。
その原稿も作って、行きの電車の中で覚えたのである。
偉いなぁ、ワタシ。

お清めも同じ場所なので、移動の手間と時間が取れらないで済んだ。
みなさんお車で来られていたので、お酒もカタチばかりだ。
ということで、お清めも1時間ほどで終了し、
これにてすべて滞りなく終了となった。
こうして検案中の検案事項が、やっと決着したのである。

はぁ、疲れた。
でも行きは気合十分で、終わってからも不調にはならなかった。
それは、とにかくな〜こが気遣ってくれたからである。
昨日も今日終わってからも、
ひたすらワタシの身体をさすってくれて、
不調にならないように疲れを取ってくれたのだ。
  
な〜こがいなかったら、
気持ちも体調もボロボロになったことだろうなぁ。
大変な時こそ、大事な人のその大事さがわかるなぁ。

やっと一休みである。