実家近くの葬祭センターにおいて、
母の葬儀を、一日葬、神葬祭で
無事とり行うことができた。
まずは当日を迎えるまが超大変。
葬儀社との打ち合わせやら、
逝去の報告やら
会葬者の確認やら
(お付き合いのある)宮司さまへの依頼やらで
比較的日数があったにもかかわらず
当日を迎える頃にはすでにクタクタ。
そして当日は、
父の時に続いて二度目の喪主。
葬儀祭後の喪主挨拶が
前回も今回もプレッシャーだったが、
前回のように
皆さんが椅子に座っている状態で
葬儀後に話す準備していたら
今回は出棺前という
皆さんが立っているタイミングに
変わっていたのだ。
これでは長話はできない。
そこで急遽頭をフル回転させて、
話そうと準備していた内容から
三つのトピックだけに絞って
カンペなしでしゃべったのだった。
我ながらすごいアドリブ。
そして、喪主挨拶を含めて
葬儀はとどこおりなく終了した。
父方と母方それぞれに、
二枚ほど、懐かしい写真を用意して、
葬儀と火葬の間にお渡しした。
母の葬儀を、一日葬、神葬祭で
無事とり行うことができた。
まずは当日を迎えるまが超大変。
葬儀社との打ち合わせやら、
逝去の報告やら
会葬者の確認やら
(お付き合いのある)宮司さまへの依頼やらで
比較的日数があったにもかかわらず
当日を迎える頃にはすでにクタクタ。
そして当日は、
父の時に続いて二度目の喪主。
葬儀祭後の喪主挨拶が
前回も今回もプレッシャーだったが、
前回のように
皆さんが椅子に座っている状態で
葬儀後に話す準備していたら
今回は出棺前という
皆さんが立っているタイミングに
変わっていたのだ。
これでは長話はできない。
そこで急遽頭をフル回転させて、
話そうと準備していた内容から
三つのトピックだけに絞って
カンペなしでしゃべったのだった。
我ながらすごいアドリブ。
そして、喪主挨拶を含めて
葬儀はとどこおりなく終了した。
父方と母方それぞれに、
二枚ほど、懐かしい写真を用意して、
葬儀と火葬の間にお渡しした。
母が高齢だったため
参列者のほとんどが子ども世代だったので、
母と、ご自身の親が写っている
古い写真を用意し、
手持ち無沙汰な時間も
ちょっとした会話の材料に
なれば良いと思ったのだ。
写真は楽しんでいただけたようだった。
そうして、とにかく、葬儀は終わった。
まだお返しなどやることはあるし、
五十日祭や納骨などもあるが、
一番の山は越えることができた。
今日は、疲労困憊、体調不良、腰痛…。
それも次第に良くなることだろう。

半世紀前の母(右端)

