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2017年3月24日金曜日

「シン・ゴジラ」は東日本大震災セラピーだ

「シン・ゴジラ」の根幹は、
東日本大震災で心に傷を負ってしまった多くの日本人、
どちらかと言えば、直接の被災者ではないけれども、
漠然と精神的に大きなショックを被った人々、
とりわけ、実際に微量ながら放射能を浴び、
計画停電なども味わった東京周辺に住む人々が、
この日本に対して抱くことになった
暗く落ち込んだ心の持って行き場を
必死の思いで作り出してくれたことにある。

それはある種のセラピーであり、

そのために、
絵空事ではないリアリティが必要だったのだ。

「シン・ゴジラ」は

あの惨事を受け止めきれないでいる人々に、
ある種の救いと希望を与えた。
前を向くための心の持ちようを示してくれた。
だから、とりわけ日本で評価が高く、
日本において大きな意義を持っていたのだと思う。

例えば、事故や病気で愛する人を失った遺族が、

そのやりきれない悲しみと戦い、それを乗り越えるために、
そうしたことが二度と起こらないための
運動や基金などに力を注ぐことがある。

悲しい出来事を、ただ悲しんでいるのではなく、

今後の役に立て、未来に活かしていこうとすることで、
人は悲しみに耐え、乗り越えようとするのだ。

ところが東日本大震災の場合、いまだに

悲しむところから先へ進むことができていない。
もちろん悲しみは消えないし、
惨事を忘れてはいけないのは当然だが、
それを一つのきっかけとして活かし、
前を向く道筋が、未だに提示できていないのだ。

例えば、再生可能エネルギーへの大転換である。

それは原発は危ないから、
信用できないから、ということだけではなく、
「あの惨事を将来に活かす活動を始める」ために
必要な選択しの一つなのだと思う。
そういうマイナスをプラスに転化するような
〝前の向き方〟が今一番求められているのだ。

それが現実には成し得ていない中で、

「シン・ゴジラ」はギリギリの希望を見せてくれた。
だから実は、
自衛隊を礼賛してもいないし、
政府を揶揄してもいないし、
国際関係を嘆いてもいないし、
若手の政治家や官僚に期待もしていないし
エヴァに似ているかどうかも関係ないのである。
現実を批判しているわけでもないし、
理想を語っているわけでもないのだ。

大事なのは、現状をシミュレートした上で、

今可能な〝心の持ちようのモデル〟を
かろうじて提示してくれたことなのだ。
だから後半のヤシオリ作戦が突飛であってもかまわない。
それは心を開放するための荒業なのだから。
ポイントは、物語がそこへなだれ込む中で、
〝心の持ちようのモデル〟を実感できるかである。

初めて映画館で観た時に、

なんだか良くわからない涙が出たのは、
そういうことだったのだと思う。
セラピーを受けたんだよ、あの時。
  
  

2016年11月22日火曜日

地震の朝、あらためて「シン・ゴジラ」を思う

明け方5時59分ごろ福島県沖で地震。
関東のこのあたりも揺れた。

今回は津波が発生。

今も次々と津波警報が追加されている。
非難への呼びかけがテレビでくり返される。
まさにあの5年前の3.11が頭をよぎる。

「逃げて下さい」という切迫した呼びかけに

情緒が不安定になり、涙が出そうになる。
昨日「この世界の片隅に」を見て衝撃を受け、
心の深いところが動揺し続けていることもあるんだけど。

そしてあらためて思ったのだ。

「シン・ゴジラ」は、
直接被害を受けた当事者の方々と言うよりは、
(想像でしかないが、当事者の方々にとっては、
 あの映像や緊張感は生々し過ぎると思う)
離れた場所でこの異様な不安や恐怖に襲われた
多くの〝間接的〟被害者の心の傷を
癒やし励まそうとする映画だったのだと。

だから今の日本に必要な映画だったのだ。
この不安や恐怖に耐え続け、前に進むために
求められていた映画だったのだ。

だから海外で受けるとか受けるとかいうことは

重要ではない。
〝日本人のための映画〟で良いのだ。
〝海外では理解されない映画〟で良いのだ。

2013年9月9日月曜日

「被災地では…」は止めて欲しい

2020年東京五輪決定の
オメデタムードを壊さないようにと
ニュース番組のTOPは祝賀ムード満載である

でも現実に日本中が喜んでいるかというと

そんなことはないだろうと思う
たぶんほとんどの人にとって
東京での五輪開催は
それほど重要なことではない

地元で開催されれば

メダル獲得が期待できるとか
附随した経済効果で景気が良くなるかもとか
その程度のことだろう
“悲願達成”だの“チームジャパン”だのと言われても
逆にちょっとひいてしまう感じ

そしてどこのニュースでも

オリンピック関係者などへのインタビューや
スポーツ関係者からのコメントや
“招致成功の要因”などの話題が終ってから
まるで祭の後みたいな感じで
安倍首相のコメントへの批判的意見などに
少し時間が割かれている

気になるのは

その批判的な意見や心情を紹介する時に
「一方、福島では…」とか「一方、被災地では…」と
被災地の人に話題が振られることである
そして素直に喜べない人々の様子やコメントが映し出される

現実問題として

汚染水をめぐる状況は
「完全にコントロール」などされていないし
そんな状況でいながら
 
「健康に対する問題はない。今までも、現在も、これからもない」
 
などと言い切れるとは思えない
それは被災地だけの問題ではないし
批判的な思いは多くの人が持っているはずである

それがニュースの進行だけ見ると

全国民が祝賀ムードに浸っているのに
まるで被災地の人だけが
それに水を差そううとしているかのように
映ってしまうのである
ニュースを流す方にそういう意図がなくても
受け取る方にはそういう風に読めてしまう
そこがとても問題だと思うのだ

むしろ専門家や直接被災はしていない人たちの
被災者の気持ちを汲んだ厳しい言葉こそが
必要なんじゃないかと思うのだが
残念なことにそういう映像は
一つも出て来ないのである

実際それほど盛り上がっているとは言えなかったメディアが

お祝いムード一色なっていること自体
正直かなり違和感があるけど
まぁ五輪招致決定直後だから致し方ないだろう
決定したとたん国内メディアが批判だらけになったら
日本に対するIOCや諸外国の信頼が揺らぐからね

でも勢いに任せて

デリケートな部分をないがしろにしてはいけない
世界の目だけではなく国内の目も
これからまた厳しさを取り戻していって欲しいものである

2012年7月21日土曜日

もういい加減「絆」はやめようよ

「メリダと恐ろしの森」のメリダのキャラクター造形が
ちょっと気に入っていたのだが
そのキャッチコピーが
「“家族の絆”が奇跡を起こす!」

興味激減なり〜!
メリンダにも DisneyやPixarにも
何の罪もないんだけどねぇ…

TV欄に目をやれば
今日の金曜ロードSHOWは
「時をかける少女」でブレイクした
細田守監督の「サマーウォーズ」
ところがそのコピーが

「挑むのは世界の危機 武器は大家族の絆と愛」

だぁ〜見る気が失せた…

人と人の関係とか繋がり方とかは
とても繊細で微妙で千差万別なものだろうに
すべてを「絆」にしてしまうこの短絡ぶり

「絆」なんてドロドロした言葉を
安易に使うんじゃない!
そしてこの深く強烈な関係を
安直に理想化し押しつけるようなことは
もういい加減止めて欲しいのだ

「絆」と呼んだ瞬間に
壊れてしまう世界があるんだよ
そんなデリケートな世界を描こうとするから
それを見た人々は解放されるんだよ

可哀想なのはこういうコピーをつけられた
映像作品であろう
そこにはもっと豊かな関係や心情が


描かれているの違いないのに
観た人も観なかった人も
「絆」という言葉の呪縛に捕われてしまうのだ…
  
  

2011年6月24日金曜日

「がんばろう!」は当事者が言う言葉

「がんばろう!」という言葉は
被災者・罹災者だけが口にできる言葉である 
「がんばろう!」は
自ら苦しい思いや辛い思いした人が
そのことを胸にしまいながら
それでも前に進もうとする時に
絞り出す言葉である

力になりたいと思うのはわかる
痛みを分かち合い立ちと思うのもわかる
でも周りの人間は言ってはいけない言葉じゃないかと思うのだ

だからエールとしての「がんばろう!」には
嫌悪感に近い強烈な違和感を感じるのだろう
  
と同時に
では何を言えばいいのか
何ができるのかがわからず
ただ口をつぐんでしまうという苦しさもある
そう…周りもどうしていいかわからず
無力感にジワジワと苦しめられているのだ

まして地震や原発や
そのための風評被害・電力不安を考えれば
東京周辺も被害地域と言えなくもない
この微妙な立場であることも
精神的にキツいところかもしれない
  
だから尚更感じるのかもしれない
繰り返しになるけど
「がんばろう」という言葉は
自分の決意として言うのはいいけれど
被害者に向って言う言葉でないのだ
  
その不用意で無責任な言葉が
被災者を怒らせ悲しませ
そして追いつめる

  

2011年5月6日金曜日

〝千羽鶴〟ってどうなんだろう?

“不謹慎”なことを書こうと思う

アメリカで東関東大震災の被災者のために
折り鶴(千羽鶴)を折る動きが広がっていると
朝のニュースでやっていた

折り鶴
千羽鶴

確かに一羽一羽に
折った人の気持ちがこめられているのかもしれない
だから折る人にとっては意味がある行為だろうと思う
あるいは折り鶴を折るということで
震災や日本への関心が高まるということも大きいだろう

それはわかる
わかった上で敢えて思うのは
折り鶴や千羽鶴が山のように届くことは
貰い手としてうれしいんだろうかということだ

自分が被災者だと想像する
心身ともに打ちひしがれているとしたら
千羽鶴は悲し過ぎる
頑張ろうと気持ちを切り替える努力をしているとしたら
千羽鶴は邪魔なだけだ

例え思いを込めておられたものだったとしても
多くの見知らぬ人が折って集めて作られた千羽鶴は
わたしの心には届かず行く宛を失うだろう

あるいはわたしがもし病いかケガで入院したとする
枕元に千羽鶴が届いたとする
わたしはうれしだろうか

例えばそれが顔のわかる人たちのものだったら
その人たちのことを思い涙するかもしれない
でも見知らぬ人たちが折ったものだったら
意外と冷静に
扱いに困るかもしれない

いやもっとひねくれて
死者の鎮魂のためのものみたいだなぁ
わたしはまだ生きているのに
なんて思うかもしれない

千羽鶴はそもそも一人が千羽もの鶴を折るから意味がある
それだけの時間と思いを託したものだから重みがある
極めてパーソナルなものだと思うのだ
だから感謝の気持ちが湧いてきて
それがなんとしても元気になろうという意欲につながる

つまり見ず知らずの人たちが
ちょっと良いことをしたぐらいの気持ちで折ったものとは
見た目は同じでも中身には雲泥の差があるということだ
  
でもやっぱり病床に千羽鶴は嫌だなきっと
  
「オレの病いはそんなに悪いのか…」
  
って思っちゃうかもしれないな
それだけのことをして祈るしか
もう道は残されていないのかって
ショックを受けるかもしれない

あるいは折ってくれた人に与えている辛さや悲しみを
日々感じるモノとなってしまうだろう

昔々中学生だったころ
一緒に受験に合格できますようにと
毎日一羽ずつ鶴を折ってくれた人がいた
あの時の“思いと願いと希望””に満ちた鶴はよかったなぁ

ちなみにその時の受験合格という願いは
二人とも成就されたのであった

2011年3月29日火曜日

レレ友からの悲しいメール

今回の震災でわたしは始めて
身近な人の悲しみを知ってしまったのだ

もし教員を続けていたら
地震当日も生徒を学校に避難させたまま
大変な一夜を過ごしたことであろうし
その後に生徒や同僚から
その親類や知人の悲報を聞くことがあったかもしれない

しかしそうした多くの人間関係から切れていたため
身近でそうした悲しみを受けた人には
会っていなかったのである

ところが久しぶりにレレ友に近況報告をし
その返信が来たので見てみたら
その内容は悲しみに満ちたものであった

「南相馬に親戚がいて、叔父は津波からなんとか逃げ、避難所生活。しかし、叔母が行方不明に。なかなか連絡がない。それは屋内退避圏内に入っているので、行方不明者の捜索が遅れているため。
奇跡を信じていました。津波で海に引きずられてしまうこともあるのなら、逆に陸の、もっと山のほうに流され、家や車など流されたものにぶつかって、一時的に記憶をなくし、自分の名前が言えず、どこかに収容されているんじゃないか、なんて。
でも、昨日、聞きたくない方の連絡がありました。
はぁ〜、、、、
叔母の顔を思い出すたび、涙が出てしまって。」

「CDの山が崩れたぐらいです」と軽い調子で書いた
自分の浅はかさを心から責める
  
そして被害の甚大さだけでなく
そこで多くの人を襲った悲しみや苦しみがあることを
申し訳ないけれどあらためて
そして初めて身近に感じる

震災から2週間以上も経ちながら
まだこうして無事を祈って待ち続けている人が
大勢いるって言うことも実感する

返信のメールがなかなか書けなかった

2011年3月18日金曜日

支援物資の「投下」はどうなった?

交通網が分断されているため
直接支援物資を運べない地域に対して
パラシュート投下っていうのはどうなのかと
このブログでもちょっと書いた

同じようなことをブログで書いている人も多い
と思ってウェブを見ていたら
北澤防衛大臣がすでに3/13の時点で
食料投下の検討を指示していたことがわかった
そこには3/14にも実施される方針だと書かれている

その話はどうなったんだろう?
すでに5日が過ぎている
投下する予定的なことは書かれているが
投下されたという話は聞いていない気がするけど…

投下には専用コンテナがないと物資が破損してしまう
という話もあるようだが
自衛隊になければそれこそ米軍に援助を頼むことだって
できるだろうと思うんだけれど
  
パラシュート投下用フードコンテナー

となどど思ってさらに調べていたら
すでに「投下できない」という判断が下されていたことを知った

理由は

「投下したときにけが人が出る危険性があることと、投下によって、支援物資が破損するから」

なんだそうだ
 
そりゃないだろうってちょっと憤っていたら
別の記事もみつけた

パラシュートで物資を落とす場合には
低空では破損してしまうし上空では流されて目的地に届かない
また周囲が危険な被災現場である中で
ピンポイントで物資を落とすことは非常に難しい
精度を上げようと高度を下げれば
物資の破損だけでなく
落下物により被災者や避難所への被害が出る可能性も出てくる

そうかと納得した
上の写真のような鉄のかたまりが振ってくるわけだ
それは確かに危険過ぎる
実際米軍がアフガニスタンで行なった投下物資が
民家を直撃して死者を出した例もあるとのこと
残念だけど納得せざるを得なかった
 
一秒でも速い陸路の復旧を願う

2011年3月16日水曜日

都民の不安

グラグラミシミシと突然家が揺れる…
ついさっきのこと
22:39頃関東地方で起きた地震だ
このあたりは震度3らしい

他県では
必要以上に物を買い込もうとする
都民の行動への評判が良くないという
わたしも必要な物資を
できるだけ被災地に集中させる意味でも
必要以上の買い占めて
逆に物不足という心理的不安を高めない意味でも
もっと落ち着くべきだと確かに思う

思うんだけれども
東京都民もあの強烈な地震を体験しているのだ
被災地には比較にならない程度ではあれ
生の恐怖を肌で感じ
その後もこういう感じで
毎日のように地震が襲ってきているのだ

茨城沖や千葉沖そして静岡沖
東からも西からも地震がやってくる

地震が直接やってきたらと思うと
阪神淡路大震災の悪夢のような光景が甦る

だから不安を解消したくて買ってしまうのだ
買いだめするには適さない
生鮮食料品や牛乳などでも買ってしまうのだ
非常事態に備えて
車がガソリンスタンドに並んでしまうのだ
  
何かせずにはいられない“不安解消行動”なのだ

ものが店からなくなるのは確かに困る
でも都民や関東周辺でのそういった動きを
身勝手な行動だと思わないで欲しい
  
都民を含めた関東地方に人たちも
不安と恐怖にさらされ続けているのである
  
  

NHKの被災地報道

東北関東大震災で被災され避難されている方々は
数多くの避難所に身を寄せている
被災者や避難場所が多いことや
道路などの移動・輸送ルートが分断されていることなどから
十分な情報のやり取りや物資の支援ができずにいるという

そうした支援が十分にできていない状況に対して
現地で対応している方々や
あるいは県などの自治体そして国に対して
その対応の遅さや不十分さを憂え
批判・非難することは容易い

でもそれはまさしく“ワイドショー”的無責任な態度でしかない

NHKの避難所報道には
何となく今報道がすべきことをやろうとしている姿勢が見える
  
避難所から報道するさいに必ず
今必要としているものをキャスターが聞いている
それはこんな状態がまだこの場所では続いているのだという
現地での対応の遅さを指摘・非難へと
結論を持って行こうとするものとは違う

むしろニュース番組の中で
そうした個々の避難所の状況を
中々手が回り切れないでいるスタッフに情報提供しようという
「報道」が今できる役割を担おうとしている気がするのだ

どこかの局で
被災者に執拗にインタビューをして
泣かせようとしていた無責任・無反省な“非人道的”なものとは違う

報道がこういう災害時にできることは
被災地で起きている事実を広く知らしめることだけでなく
実はこうした被災者を支援するために役に立つ情報を
それを必要としているターゲットに向って発信する
そんな役割があることに気づかされた
番組を見た現地スタッフが
状況を把握し対応に乗り出せれば
報道は支援体制の一部として大きな機能を持つことになる

これが同じ現地報道でも
対応の遅さを非難するためのものであったら
逆に現地スタッフの頑張りに水をさすことになりかねない

ちょっとした報道の仕方の違いに見えるけれど
実は大きなスタンスの違いがそこにはある

2011年3月15日火曜日

震災を「天罰」と言う石原慎太郎はやっぱりおかしい

石原都知事が次のように発言したそうである

「日本人のアイデンティティーは我欲になった。(中略)津波をうまく利用して『我欲』を一回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」

たびたびこういうデリカシーのない
当事者の心情を踏みにじり
傷つけることを平気で簡単に口にする人だが
今回もこの時期にこのコメントである
呆れて物が言えない
こういう人物が知事であることは問題ではないか
  
都民ではないが都の公務員として働いていた者として
自分たちのトップがこういう発言をする人だというのは
正直恥ずかしかったし腹立たしかった

うちの自閉くんと同じように
状況が読めず思ったことを口にしてしまうという
発達障害を持っておられるのかもしれない

であればたぶん忠告されても非難されても
なぜ自分の言ったことが悪いのかが
彼にはわからないんだろうと思う

軽度発達障害だとしたら
それはもう仕方のないことだと思う
だから彼をあのポジションに置くことは
彼にとっても不幸なことなのだと周囲も理解すべきだ

都知事選に出馬して欲しくなかったと心から思う
都民の良識に期待したい
  
  

2011年3月14日月曜日

明日&明後日以降の「計画停電」予定

東京電力のプレスリリースで
明日以降の概要が出た

グループ表及び予定表はこちら
PDFファイルで地域ごとの該当グループと
日ごとのグループ・ローテーションの
2つのファイルが手に入る

わたしの住むあたりは今日は第4グループだったが
明日以降も第4グループに所属しており
それによると明日のこのあたりは9:20〜13:00の予定だ
  
つまり今日の「グループ名」は残り
時間帯だけがローテーションで動くことになったわけだ
  
この表で概要が大分掴み易くなった
早くテレビのニュースで流して欲しいものだ

3/15〜3/18の概要がこれでわかる



計画停電時間変更

大分混乱しているようである
ローカルテレビで新たに
詳しい停電予定時間を発表していたが
先のものとは大分違う

時間帯は2つでとちらになるかはまだわからない
  
午前:13:50〜17:30 または 午後:15:20〜19:00

どちらにしても
17:00〜17:30のドラムレッスンにかぶる時間だから無理だな
明日はYAMAHA自体がレッスン中止になるかもしれないな

しかしこんな状態が
ヘタをすると向こう一ヶ月くらい続くらしいのである
未曾有の大災害であることがそれだけでもわかるというものだ

会社は大変だろうなぁ
自分の地域の停電時間と取引先や提携先の停電時時間の
両方を確認しながら仕事のやり取りをしないといけないし

明後日以降どうなるかもわからない
毎日こうやって次の日の停電時間帯を確認するんだろうか
今週は通院の週だからそれも気になるところだし
幕張行ったら停電なんてこともあるかもしれないし

どんな一ヶ月になるんだろう
時代が何十年かさかのぼったような感じだろうか
 
でも信号まで消えて
事故のリスクが高くなるのを承知で行なうくらいだから
相当な覚悟で決断がなされたんだろう
それだけ切羽詰まっているっていうことだなこれは
  
家に買ってあった発電式ライトが役に立つ時がきたか?


2011年3月13日日曜日

明日から計画停電


ローカルテレビで放送されている
明日からの「計画停電」のお知らせを見た
まさに“非常事態宣言”ていう感じである

同じ自治体の名前が複数の時間帯に入っているのは
まだ検討中であるからとのこと
東京23区は荒川区だけが対象
政府の機能を停止させないためだそうだ

わたしの住む場所で
一番可能性が高い自治体名で行くと
計画停電予定時間は以下のようである

午前:9:20〜13:00 および 午後:18:20〜22:00

なかなかスゴい時間である
学校で授業はできるんだろうか
給食は作れるんだろうか

家の冷蔵庫の冷凍食品は保つだろうか
コンビニに行っても冷蔵冷凍食品はどうなっているのか
デパート内は非常灯みたいな感じで対応するのかな

夜は真っ暗な中で
ろうそくの火を灯して
ラジオを聴きながら過ごすのか

電車にも影響が出て
ダイヤの乱れが予想されるらしい
あるいは駅構内のエレベーターやエスカレーターも
止まる場所が出てきそうだという

なんか予想できない生活
いや昔は時々停電したような気がするが
今電気に頼った生活はその比ではない
いつまで続くのだろう
不安ではないが不便ではあろう
しかし慣れてしまうような期もするけど
会社や学校はそうはいかないだろうなぁ
  

2011年3月12日土曜日

もし東京が被災地になったら…

東北地方太平洋沖を震源地とした地震でありながら
関東の東京都内でも交通がマヒし
多数の“帰宅難民”を生み出した

もし東京がこうした災害の直撃を受けたら
どうなってしまうのだろうと
どうしても考えてしまう
海抜0m以下の場所は都内にも存在する
地盤が盤石だとは言いがたい埋め立て地も多い
京浜工業地帯という大工業地帯を有している
直接的な大惨事は計り知れないだろう

交通機関の壊滅的打撃は間違いない上に
永田町を中心とした政治機能もマヒする恐れがある
つまり被災状況の確認や対応のための指揮系統が混乱し
被災地への支援が後手後手になる可能性がある

さらに東京はメディアの中枢が集中する地でもある
報道機関が正常に機能しなくなる可能性がある
現在テレビで次々に情報が流れるようなことが
不可能になるかもしれない
何が起こったかもわからない状況が続くだろう

携帯情報端末が役に立たないだけでなく
情報そのものが十分に流れなくなるのだ
不安と混乱は加速しさらなる被害を生むかもしれない

それは政府も報道局もすでに想定済みなのかもしれない
しかし東日本大地震が想定外だったことは間違いないのだ

津波

小さい頃の津波のイメージは
サーフィンで見られるようなビッグウィーブ
あるいは葛飾北斎の「冨嶽三十六景」にある
有名な「神奈川沖浪裏」の図であった
当時の怪獣映画やパニック映画などで描かれたイメージである

そのイメージが変わったのは
1993年の北海道南西沖地震だった
奥尻島が津波とそれによる火災で
壊滅的な被害を受けた地震だ
しかし当時は映像の量が今ほど多くなかったから
津波が押し寄せる恐ろしさは実感できなかったと思う

津波の生々しい映像を目にすることになったのは
2004年のスマトラ島沖地震のことだ
波はビッグウェーブのような巨大なものではなかった
しかし圧倒的なパワーで全てをなぎ倒し飲み込んでいく様や
その被害の爪痕の壊滅的な様相は
津波の本当の恐ろしさを感じさせるの十分だった

今回の東日本巨大地震の映像にはさらに
海上から陸へと迫る津波の群れや
家や田畑を有無を言わさぬ勢いで
あっと言う間に塗り替えていく様が映し出されていた

津波の恐怖とはこういうものなんだ
初めてその恐怖のイメージを持つことができた
恐らく今まで津波に実際に遭遇した人しか
知ることができなかった恐怖の一端を
今回の映像は多くの人々に知らしめたに違いない
  
阪神淡路大震災の時
わたしは夜間定時制のスキー教室引率で上中里スキー場にいた
テレビから流れてくる情報は地震の揺れによる崩壊した大都市の様子と
その後の広範囲に渡る火災の悲惨さだった
瓦礫の下に残された人々の救出状況が次々と映し出された
中継していたNHKの男性アナウンサーが泣いていた

今回の地震の恐怖はそれとは違う
いや同じ状況が起こったに違いないが
それらを津波が覆い尽くしてしまった

わたしのいる関東地方でも
あれだけ強く長い地震を体験した記憶はない
やはりそれは恐怖であった
しかしその後にさらに津波から逃げねばならないという
恐ろしさは想像を絶するものだっただろう

津波とはかくも恐ろしいものだったのか…