火曜にウクレレ・レッスンを1時間、
水曜にウクレレ・カルチャーを1時間半、
みっちり演奏すると、非常に疲れる。
まず、真剣に譜面と手元を追っているせいか、
目がしょぼしょぼになる。
ずっと集中しているので、神経も疲れる。
ほぼずっと弾き続けているので、
腕、肩も疲れる。
その上、今日のカルチャーでは
3月にソロ発表する曲である
ジェイク・シマブクロの「Touch」を
初めて先生と皆さんの前で披露したので、
緊張も半端なかった。
初披露にしては
大きなミスもなく最後まで演奏できたけど。
さらにさらに、
今年の課題曲の有力候補が
結構速弾きな曲で、
その練習をしているせいで、
最近、右手親指の付け根に
鈍い痛みがあるのだ。
ワタシの場合、基本的に
ストラップ無しで立って弾くのを目指しているので、
速弾きも、クラシックギターのように
人差し指と中指による奏法ではなく、
親指と人差指による奏法なのだ。
これなら抱えながら弾けるからだ。
でも、日常ではこんな速い動きはしない親指は、
慣れていなくて負担がかかる。
腱鞘炎にならないように気をつけないといけない。
まだまだウクレレは弾き続けたいから、
手は大事にしないと。
少なくとも
スマホの使い過ぎによる負担は
かからないように気をつけたいなぁ。
とにかく今日は
疲労困憊&親指の鈍痛という
ボロボロな状態なので、
からだを労って早寝しようと思う。
ボロボロだけど
充実の2日間でもあったな。
2024年1月31日水曜日
なぜか疲労困憊なのだ…
2024年1月26日金曜日
「ジムノペディ第1番(Gymnopedie no.1)」をLow-Gで弾いてみたのだ!
エリック・サティの「Gymnopedie no.1」を
Low-Gウクレレで弾いたみた。
いい曲だなぁとしみじみ思う。
でも、
「ゆっくりと苦しみをもって」 (Lent et douloureux)」
っていう指示があるんだね…。
確かにゆっくりした曲で
難しくて苦しかったよ〜
2024年1月21日日曜日
ついにオムロンの血圧計を買ったのだ!
先週月曜に健康診断を受けて、
結果は約2週間後に郵送されてくるのだが、
血液検査や心電図などとは異なり、
身長&体重や血圧などは
その場で分かってしまう。
そして、この血圧が問題なのである。
昨年までの数値と比べて
検査結果が高かったせいか
丁寧に検査機器を変えて
トータル5回計ってくれたのだが、
結局、上が140台と150台という
かなり高めな数値が2つが記録されたのだ。
まずい…これは来年の検査に向けて、
血圧を下げる努力をしたい。
するとな〜こが
「もんちゃんは、
モノから入った方が続くからね」
と言って、
血圧計を買ってくれることになったのだ。
さすが、な〜こはワタシのことを分かってるのだ。
ありがとうね。
一緒に電気屋まで血圧計を見にいき、
二人で売り場で色々試した後、
オムロンのコンパクトな機種をゲットした。
実は、超かっちょええ
カフと機械の一体型を狙って行ったのだが、
数値の精度があまりよくなくて、
ワタシ的には甘い値が出てしまい、
その割に値段が高いので、
残念ながら店頭で候補から落ちた。
OMRON connectアプリと連動していて、
計ると同時にスマホに
データを自動転送してくれるからである。確かに、スマホ連動だと、
血圧計るのがとっても楽しい。
一日に何回も計ってしまいそう。
こうして
血圧の値を常に気に掛けることになって、
血圧を下げる努力をすることになる。
その後、「宮城ふるさとプラザ」に行って
「伊達の牛タン本舗」でお昼を食べた。
美味しかったね〜
2024年1月16日火曜日
今年も健康診断に行ってきたのだ
働いている時には
避けまくっていた職場の健康診断を、
数年前から
わざわざ病院まで出向いて受けるようになり、
今年も昨日、行ってきたのだ。
習慣になると行きやすい。
同じ病院で、数年分のデータを
一覧で見られるのもうれしい。
毎年億劫にはなるのだが、
続いているのはそのせいだな。
昔は採血が憂鬱だった。
思わず手がこわばって、
「採血、お嫌いですか?」
と言われたこともあるくらいだ。
大人として恥ずかしかったが…。
今はさすがに採血には慣れたが、
今度は血圧測定が憂鬱なのだ。
もともと高血圧傾向にあるのだが、
健康診断の時は、
それがさらに高くなるのだ。
また今年もかなぁ、嫌だなぁ。
と思っていたら、
一回目の数値が、上160と出た…
うひゃ〜である。
でも別の機械も使って、
計5回も計ってくれたのだ。
ありがたいことだ。
でも、最終的にはやっぱり
140〜150台の数字になったと思う…
来年はぐっと下げたいものだなぁ。
でも、まずは
今年も検診に行けたことで
自分を褒めてあげたい。
2024年1月13日土曜日
「ゴジラ-1.0」の絶妙なゆるさ!
日本のみならず、アメリカ、イギリス、フランス、
そしてメキシコでも全体として大絶賛であり、
実際、興行収入も世界で100億突破という凄さだ。
でも、日本国内の評価では、
いわゆる批評家の間では、
素直に絶賛できないような意見を
比較的目にする気がするのだ。
その主なものは
「演技が過剰」「セリフで説明しすぎる」
というような
演技面でのくどさを指摘するものと、
「戦争、戦後の描き方が浅い、きれい過ぎる」
「特攻帰りの苦しさが、描ききれていない」
というような
戦争の描き方の甘さを指摘するものと、
「アメリカが黙り続けるのはおかしい」
「ワダツミ作戦に無理がある」
というような
プロット上の矛盾や不自然さを指摘するものに
大別されるだろうか。
でも、そもそも日本人は
太平洋戦争に対して
とても複雑な思いを抱いているのだ。
悲しみと怒りと
やりきれなさと後ろめたさと…。
国のために命を捧げた兵隊たちには感謝したい、
だからと言って、特攻を賛美することはできない、とか、
被害者として、原爆や大空襲の惨禍は忘れられない、
しかし加害者として、
そもそも戦争を初めたのはこちらだし、
アジアでの暴虐があったことも事実だ、とか。
敷島の心中を推し量れば、そこには当然、
命を賭しても守りたかった日本や家族への思いや、
それでも特攻できなかった自分を責める思いや、
生きて帰ってこいと言った母親への思いや、
特攻で死んでいった仲間たちへの思いや、
見殺しにしてしまった大戸島の整備兵たちへの思いや、
大事な典子への思いや、大切な明子への思いが、
渦巻いているはずなのだ。
でも映画はそこを細かくは描かない。
だから、そうした思いがどれほど辛いものかを
見るものがどこまで推し量れるかで、
演技の過剰さは薄れていくのではないかと思うのだ。
実は典子も、両親を戦争で失い、
明子の母親が亡くなる場面にも
おそらく立ち会っている。
隣人の澄子も、
空中で一面焼け野原になる中で
我が子が死んでいくのを
目の当たりにしている。
「新生丸」艇長の秋津も、元技術士官の野田も、
当然、身内か仲間か部下たちの死を
経験しているはずだ。
誰もが悲惨な経験をし、
辛さを胸に生き残っているのだ。
でもそこはほとんど描かれない。
そこまで戦争の悲惨さに踏み込むと、
ゴジラという虚構が白々しく思われて、
映画として成り立たなくなってしまうだろう。
だから、その部分は見るものに任せているのだ。
戦争の深い悲しみを知っている人は、
どうしても色々なことを考えてしまうだろうが、
悲惨な部分はかなりオブラートに包まれているので
一応怪獣エンタメを楽しむことができる。
逆に、特攻の悲劇を想像できない人は、
弱虫で特攻から逃げてしまった敷島が、
自分の弱さを乗り越える物語だと勘違いしたなりに
怪獣エンタメを楽しむことができる。
それでも、もしかすると何かの拍子に
敷島の複雑な心境に思いを馳せる時が
やってくるかもしれないのだ。
ゴジラを倒せたからと言って、
敷島の戦争が終わるはずなど無いことに
気づく時が。
そもそも、戦争とゴジラは別物だから、
ゴジラを倒したとしても
苦しみから逃れられることなど
できるわけがないのだ、永遠に。
本作にはそういう
見るものを心理的に追い詰めないゆるさがある。
そこを、
「実際はそんなものじゃない!」と
知識や理屈で批判することは簡単だが、
そのゆるさのおかげで
映画としてのバランスが絶妙なのだ。
だから、人間ドラマと怪獣スペクタクルが
一つの作品の中で融合できて、
細かなど突っ込みどころはあるにしても、
全体としてシンプルで力強く
感動的な作品に仕上がったのだと思う。
個人的には、最後の最後
目も白濁し、からだ中ボロボロになりながら、
自爆の可能性も顧みずに
最後の力を振り絞って
放射熱線を吐こうとするゴジラの
鬼気迫る姿に震えたなぁ。
指パッチンは小学生男子っぽいのだ!
ウクレレ・レッスンで
コードを弾く合間に指パッチンを入れる
という練習をしたのだ。
しっかりリズムを意識するのが目的だ。
そうしたら
指パッチンができたのは
先生(男)とワタシ(男)だけであった。
女性の皆さんはできなかったのだ。
そこですかさず
「指パッチンとか、
小学生男子は大好きですから!」
と言ったらとてもウケた。
小学生男子って
指パッチンだの、関節鳴らしだの、
口笛だの、ペン回しだの、
どうでもいいようなことに
なぜか熱中するものなのだ。
ワタシの場合年代的に
ペン回しはまだ流行っていなかったので
未修得なのが今でも悔しいが…。
だから、どこか指パッチンには
あの頃の自分を思い出す懐かしさもある。
左手でもできるように
ずいぶん練習したよなぁ、とかね。
2024年1月6日土曜日
〝ブルッグスゾット〟日本橋でランチ
世の中がお正月気分から普段に戻った昨日、
お正月も普段もあまり代わり映えしないワタシは、
ビアカフェ〝ブルッグスゾット日本橋〟で
ランチをいただいた。
肉でお腹がいっぱいになるという
なかなか贅沢なお食事だった。
グラス一杯のスパークリングワインが
飲みきれなくて
酔っ払ってしまったのには
我ながら驚いたけどね…。
2024年1月3日水曜日
🎍謹賀新年🎍川越大師へ行ってきたのだ!
今年も例年通り、
二日目に川越大師喜多院に行ってきた。
お不動様と大黒様の御札と
小さめのダルマをゲットしてから
埼玉の実家に年始に行き
川崎まで戻ってきた。
いつもながらの
三県を股にかける小旅行だ。
今年は例年より30分ほど到着が遅れたところ、
大分混雑していた。
お天気も良かったし、
〝コロナ禍後〟という雰囲気もあったろう、
人出だけでなく全体の活気も、
以前に戻ったような感じだった。