2023年5月14日日曜日

お誕生日ケーキ第一弾!

ワタシの誕生日がやってきたので
第一弾はおなじみクリオロのケーキにした。

久しぶりのガイアとチーズケーキ。
満足。



2023年5月9日火曜日

今度はORCASにウクレレ弦交換!


1月6日にAquilaのred弦を張ったのだが、
それから約4ヶ月経ったところで、
今回、たぶん生まれて初めて
弦の劣化をはっきり感じて弦交換したのだ。

3弦がビビり始めたので、
これはさすがに弦の劣化か?と思い、
外してみたところ、
すべての弦でフレットに当たる場所が
激しく毛羽立っていた。

確かに、3月末のソロ披露と
1月頃からの「ルパン三世」の練習で、
かなりガシガシ弾いていたからなぁ。
練習の結果が弦の劣化として出るくらい
がんばったということか。

Aquilaはかなりいい感じだったのだが、
今手元にあるのはORCAS弦だったので、
再びORCASを試すことにした。

これは去年大活躍してくれた弦だ。
昨年末に一度張ったのだが、
オクターブピッチがどうしても合わなくて、
Aquilaに張り替えたという経緯がある。

もしかするとその不具合は
弦セットの個体の問題だったのかもしれないので、
再びORCASにチャレンジして、
様子を見てみようと思う。
まだ安定しないから何とも言えないが、
それほどピッチが悪い感じはしないかな。

そろそろ7月のサントリーホール前哨戦、
8月の町田イベントとサントリーホール本番に
どの弦で挑むかを考える時期になるから、
慎重に判断しなければ、である。

2023年5月6日土曜日

連休最後のお散歩は江古田の森公園

昭和記念公園、木場公園&清澄庭園と歩いて、
ゴールデンウィーク最後のお散歩をしに
江古田の森公園に行ってきた。

広場と里山からなるかなり広い場所。
残念ながら
シンボルのハナミズキはもう散っていて
新緑の緑を味わう感じだった。
でもとても静かな落ち着いた公園だ。


帰りに久しぶりにロートンヌに寄って
ケーキを買った。
よく歩き、よくおしゃべりし、
よく笑ったゴールデンウィークでした!


2023年5月5日金曜日

木場公園と清澄庭園に行ってきたのだ

ゴールデンウィークのお散歩に
木場公園と、近くの清澄庭園に行ってきた。

木場公園は、
巨大な木場公園大橋があることで
以前からチェックしてあった場所。

でも行ってみてまず驚いたのが、
都市緑化植物園という場所。
小さくコーナーが分けられていて、
それぞれがとてもきれいに手入れされて、
色とりどりの花が咲き乱れていたのだ。


そして川をまたぐために掛けられた大橋は
期待通り超デカかった。
奥にスカリツリーが見えるのも
ポイントが高かった。



続いて清澄庭園へ。
たまたま「みどりの日」は
都立9庭園が入園無料だったので、
超ラッキーだった。

大きな池の周囲を一周する、
一見単調そうな道なのだが、
〝磯渡り〟と呼ばれる
飛び石が置かれた場所など、
意外と変化に富んだ作りになっていて
歩いていても飽きない。
それに、さまざまな色の緑が折り重なる景色が、
とても美しかった。









続いて隣接する清澄公園を一周して、
この日のお散歩は終了した。
良く晴れた穏やかな一日。
緑と花を堪能したなぁ。



お昼はラーメン敦煌で
焼豚ラーメン(塩と醤油)を
美味しくいただきました!




2023年5月1日月曜日

「PLAN 75」を見たのだ

Amazon Primeで「PLAN 75」を見た。
見ていてずっと辛い映画だったけれど、
最後まで見て良かったと思った。

冒頭の、偏った思想を持った若者による
高齢者施設での大量殺人後らしき場面。

真面目に生きてきた主人公ミチが、
次第に金銭的に追い詰められて、
PLAN 75、つまり安楽死を選ぶ流れ。

確かにここには
高齢者は存在自体が悪であるとでも言うような
リアルなディストピアが描かれている。
施策「PLAN 75」の良い面ばかりを強調するような
いかにもな描かれ方が随所に出てくることが、
逆に痛烈な批判になっている。

しかし、この作品が突き抜けているのは、
現代社会の一部に見られるような、
高齢者や弱者を社会の役に立たない存在と見なし、
さらには、社会の役に立つか立たないかという
狭い視点だけで人の価値を決めようとする思想を、
痛烈に批判している…
だけではないところにあると思うのだ。

主人公のミチだって、
不動産会社で言われたように
生活保護を受けるという道があるのだが、
プライドがそれを許さない。

つまり、仕事を失ったミチは
確かに経済的に追い詰められているのだが、
誰に世話にもならずに
生きたいように生き、死にたいように死にたい
という思いも強く持っている。

そして稲子が家で
誰にも知られずに亡くなり、
そのまま放置されていたのを目の当たりにし、
ミチはきっと、
自分は、静かに、きれいに、
死にたいように死のうと思ったのだ。

つまり、
制作意図には反しているかもしれないが、
死ぬ自由が与えられる
「PLAN 75」という制度は
高齢者当事者にとっては、必ずしも
ディストピアではないかもしれないのだ。

はたから見れば、
社会の同調圧力だ、とか
子どもたちへの
過剰な忖度だ、と見えたとしても
本人にとっては、
追い詰めらて嫌々ながらではなく、
自分の人生を自分の意思で完結させるために、
「PLAN 75」を選ぶ人は絶対にいるだろう。

つまり弱者を否定するような社会的な問題だけでなく、
極めて個人的な、
どうやって自分は死を迎えたいかという問題が、
ここには大きく横たわっているのだ。

映像が美しい。
会話は少なく、音楽もほとんど流れない。
それが良い。

怒りも悲しみも決意も落胆も表に出さず、
死を覚悟してからの濃密な時間を
淡々と生きてゆくミチの倍賞千恵子、
そしておじの鷹たかおの自然体な演技が切ない。

映画内で歌われる
「林檎の木の下で、また明日会いましょう」
という歌は、明日も会えることを
無条件に信じている者同士の会話なんだと、
しみじみと思った。

ちなみに、ワタシ的には
ラストは死にゆくミチの妄想と
役所職員のヒロムの願いが交錯した夢だと思いたい。
突然人気のなくなる、セキュリティー・ゼロな病院。
ミチはベッドで起き上がるまで
致死性ガスを吸うためのマスクを
外していない。
つまり致死量のガスは吸っているはず…。