一人で来ている風の大学生くらいの女性が
フォトスタンドが並べられたテーブルの前に近づいてきて
カモメの絵を指差して言ったのだ
「これはどこですか?」
わたしは“写真ではありません”というところで
ちょっと驚いて立ち寄ってくれる人が多いことから
「写真ではなくて絵なのはわかったけど、
その元になった風景はいったいどこなんですか?」
ということだと思って
「ええっと…、これは実際にある場所ではなくて、
わたしが想像した、わたしの頭の中にだけある場所なんです…」
と答えたのだ
すると彼女は話の続きを待っているみたいに
だまってわたしを見ているのだ
「それで?」とでも言いたげに
わたしはドギマギして
「え、え〜と〜、た、確か“カモメたちの聖域”ってタイトルを付けたっけかなぁ…」
などと苦し紛れに言葉を継いでいると
「カモメがたくさんいるところなんですね〜。」
と言って納得したように立ち去って行ったのであった
わたしはとにかく彼女が納得してくれたことにほっとして
その場はそれで終ったのである
でも少し経ってから思い返してみたら
彼女の求めていたことは
ちょっと違うんじゃないかって気がしてきた
彼女はそれが現実のどこかを
知りたかったわけではないんじゃないか?
彼女はすでにわたしの絵物語に入り込んでいて
“わたしが見て来た”この場所の話を聞きたかったんじゃないか?
「そこは世界の果てのような何もない誰もいない場所で
冷たい風が海の上を吹いているんです。昔々に人が作った建物が
今廃墟になっていて、そこにたくさんのカモメが居てね…」
彼女が聞きたかったのは
そういう物語だったのかもしれない
「異界を訪れた時の記録写真のようなもの」とか
自分で言っておきながら
彼女の方がよっぽどその異界物語を受け入れてくれていた…
そういうことだった気がするのだ
彼女は次回にまた来てくれるだろうか…
もし来てくれたら
彼女がこの絵から思い描く物語を
聞かせてもらおうと思う