2009年2月4日水曜日

「うつ病記」はやし たける

「うつ病記」(はやし たける、メディカルレビュー社、2007年)はうつ病をテーマにしたマンガである。そういう点では「ツレがうつになりまして。」(細川貂々、幻冬舎、2006年)と同傾向の本だと言える。


ただ著者の本業はマンガ家ではなくサラリーマンであるため、正直なところ絵的な魅力では劣る。
「ツレがうつになりまして。」は暗くなりがちな内容を、細川貂々の巧みな絵と表現で笑いに変えているけれど、「うつ病記」はそのまま暗い。ただ、線の細い優しい絵と薄い着色(全編カラー)、空間の多いコマ割り、そして淡々とした描写が暗さをやわらげている。

「ツレがうつになりまして。」にはない本書の特徴は以下の点だ。

・著者本人がうつ病であるため、うつ病者の視点で描かれている。
・家庭だけでなく、職場での状況も多く描かれている。
・復職を目指した内容である(実際復職している)。
・こどものいる家族があるため、経済的な面にも触れられている。

「ツレがうつになりまして。」では病休している時の心理的な辛さや、体調の悪さなどに共感するところがとても多かった。おかげで「今はこれでいいんだ」と焦る気持ちや自己嫌悪を抑えることに役立った。それに対して本書では、職場の様子で共感することが多かった。

例えば「食欲が落ちる」。これはわたしの場合は家では問題ないのだが、職場で顕著だった。生徒と一緒に食べなければならないことが、非常に辛くなっていったことが大きかったが。

それから「わたしがやらねば、誰がやるんだ〜」的責任感とプライドで無理をしていた。著者はその後文字通り倒れ救急車で運ばれる。

「考えがうまくまとまらなくなる」
  
そうなのだ、あれもこれもと思っていると全部が中途半端になっていく。するとさらに焦る。ずっと気になっていながら出来ない。

「トイレで20分はボ〜っとしている」
  
というのもとてもよく分かる。わたしはその間、ボ〜っとしているというより、深呼吸を繰り返しながら、自分を叱咤激励していたけど。出勤時の辛さも身につまされる。
  
「休みたいけど休めない〜」
「いっそこのまま終着駅まで行ってしまおうか〜」
「引き返すなら今だ!(オフィスに)
 入っちゃったら仕事が始まってしまうぞ〜」
  
と著者は苦しむ。でもわたしは休んだ。あるいは引き返した。だから適応障害で止まれたのかもしれない。
著者は

  
「具合が悪そうだから、かなり気になってたんだ」
  
と職場の人から言われたという。自分では最後まで普通を通したつもりでいたけれど、もしかすると何かヘンだったかもしれないな。

この本を読んだせいか、夕べ復職する夢を見た。

  
実際には職場にたどり着けるかが一番苦しいところなのだけれど、夢ではすでに職場にいて周りの人たちに
  
「ご迷惑をかけましたが、復帰しました」
  
と挨拶して回っている。自分の机には配布されっぱなしの書類が積もっている……。
  

ありえない。
  
目が覚めて思い出してゾッとした。だって無意識の復帰拒否願望が強いのか、最近同僚や生徒の名前が思い出せないことが多いくらいだもの。
  
「ツレがうつになりまして。」とはまた違った視点から、安心をもらった本である。2度目の病休に際して医師から
  
「会社に殺されるよりましですよ」
  
と説得された、というのが非常に印象的だった。
  
あと著者からの一言で
  
「うつ病の怖いのは連鎖反応だと思います。」
  
とあった。
今の職場で連鎖反応が起きていないことを祈ります。
  
  

2009年2月2日月曜日

「わたしは真悟」楳図かずお

楳図かずおというと何を想像されるだろうか?「へび女」のような恐怖マンガ、「神の左手悪魔の右手」のスプラッター描写、それともギャグマンガ「まことちゃん」の“ぐわし”、あるいは映画化された「おろち」、怪奇主人公シリーズ「猫目小僧」、いやむしろ林家ぺー似の容貌と紅白のストライプシャツ、あるいは奇抜な自宅を作って周辺住民と揉めた人か。 

わたしにとって楳図かずおは、もちろん恐怖マンガ家であった。ストーリーももちろん恐いが、絵そのものが恐い。特に、化け物ではない普
通の絵が恐いことが凄く印象深いマンガ家、そういうイメージだった。なぜかわからないけど、何かが潜んでいる不穏な空気に満ちている絵。

でも特に楳図かずおが好きだったわけではないわたしが、今もってその魔力に取り憑かれ続けているのが、1982年から1986年の4年間をかけて「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に連載された「わたしは真悟」(梅図かずお、小学館文庫、2000年)という作品だ。

  
小学6年生のサトルとマリンはお互い惹かれ合って、町工場に忍び込み、導入されたばかりの工業用ロボットのコンピュータに質問する。「フタリハドウナルカ?」コンピュータの出した答えは「シアワセニナル」であった。二人は「ケッコン」して「コドモヲツクロウ」とする。コンピュータは答える、「333ノテッペンカラトビウツレ」。物語は急展開し、ついに“コドモ”が生まれる。
   
化け物は出てこない。殺人鬼もいない。恐らく楳図かずおのシリアス系作品では、飛び抜けて「恐いと思わせる絵」のない作品だろう。逆に言えば、普通の絵の持つ、なぜかわからない恐さがあらゆるところに現れるマンガだとも言える。
        
基本的にはSFと言えるか。いやジャンル分けは不要だろう。場面場面の異様なテンションや、静止場面の薄ら寒さ、イノチを得た機械のぎこちないのに動物的な生々しい動き、コンピュータの配線の内蔵を思わせる不気味さなど、奇抜なストーリーとともに、一コマ一コマの絵の持つ迫力が読者を魅了し続ける。
   
   
次第にいろいろな謎が物語に入り込んでくるが、何かの伏線かと思うと知らない間に消えてしまったり、すべての謎が最後に解き明かされるわけでもないので、大きなドラマツルギーやクライマックスでの大どんでん返しや大団円を期待してはいけない。そこを中心に見るときっとワケの分からない物語だ。

でもいい知れない力を持っているのだ。淡々と小さな事件や小さな恐怖を描きながら、それが大きな物語に収束しないまま、不気味さと煮え切らなさと、異様な体験をしたという実感をもたらして、マンガ文庫にして全7巻の物語は終わる。いいのだ、だって実際の人生においても、人は知らないこと、わからないことに取り囲まれながら生きて、そして死んで行くのだから。

    
すべてが説明されなくていい。すべての謎がとけなくていい。その世界に入り込み、今までに感じたことのない体験をすること。それが大事なのだ。実際に「なんという物語だこれは!」と思わず本を手にしたまま、しばらく動けなるほどの世界がここには描かれているのだから。
  
  
そして思ったのは、作者梅図かずおは、全体のストーリー以上に、自分でもわからない何かを物語に無意識に託していて、そのことを全体の整合性の破綻より優先させているのではないか、ということだ。

そこで思い出すのは、そう宮崎駿である。まったく重なるところのないように見える二人の作家ではあるが、その底に流れる、コントロールできないところに触れようとする、あるいは触れてしまう作品を作る点に置いて、とても似ている気がする。梅図かずお本人も  
  
「『わたしは真悟』は、はじめはほとんどストーリーを作っていなかったという…」
(「WAVE 4」“Making of SHINGO”、楳図かずお、荒俣宏、WAVE、1985)
   
と言っているし。

久しぶりに「わたしは真悟」を見返して、そんな感想を持ったのでした。

   
1980年代マンガを代表する超傑作。

給与返還手続き

ややこしい話なのだが、
診断書の記載日の都合で
今の病休はすでに一回延長したものになっている。
12月17日から28日までが最初の休職期間、
次に出した診断書によって
12月29日から今年3月末まで休職期間が更新されたのだ。

そこで事務手続きが間に合わず、先日の交通費の返納に引き続き、
1月の給料が通常通り振り込まれてしまったので
返納分を現金書留で送って欲しいという連絡が来た。
それを今日郵便局に出しに行くことが出来た。
   
でも交通費の返還と時ほど精神的疲労がなかったのは、
少し元気になったからかな。
お正月前後のストレスによる体調不良が、
やっと取れてきたってことかもしれない。
あと少しずつ新しい砦ができつつあるのかな。
だったらうれしい。

返還手続き作業は確かに面倒なんだけど、
さりげなく状況報告する手段には使える。
現金書留封筒に指定の現金とともに、
近況報告を書き添えた短い手紙を、
担当者宛に入れておいた。
今はまだ倦怠感、集団ストレス、睡眠障害があること、
睡眠薬と強めの催眠剤で今様子をみていること、
そして現状から考えて4月復帰も難しそうだと書き添えた。
ここが一番大事なところ。
もう2月だし。

実際、頭の中で職場の生活を思い出すだけで、
まだまだいたたまれない感じが甦る。
あの辛さを忘れちゃダメ〜ってココロとカラダが言っている。
何かの拍子に同僚や生徒と同じ名前を見ると、
う〜って苦しくなるし。

さてどんな2月になっていくことやら。

きっともう校舎の増築棟は
ほとんど完成しているんだろうな。
見たいとは思わないけど。
  
    
  

お薬のプレシーボ効果

夕べはいつもの
抗不安剤メイラックス、睡眠薬ベンザリンに加え、
催眠剤レンドルミンも飲んでみた。
実感としてマイスリーより効く気がするから、
なんとなく飲むと安心。

ところが夜中に目が覚めた。
ベッドに入るのが遅かったこともあって、4時くらいに目が覚めた。
ちょっとごろごろしていたのだが眠れない。
でも焦らない。レンドルミンをもう一錠飲む。
1日2回まで服用OKなのだ。
そしたら眠れた。

確かにマイスリーより強い薬ではあるけど、
これはあれプラシーボ効果(あるいはプラセボ効果)ってやつかも。
実効力以上に、あるいは実効力ないのに、
思い込みで効いちゃうっていうやつ。
車酔いする生徒に「超強力酔い止めだ」とか言ってビタミン剤渡すと、
生徒が酔わないとかいう類だ。
わたしはレンドルミンをかなり
好意的に受け入れているのかもしれないな。
それはそれでいいことである。
眠れないとかってココロの問題でもあるわけだから、
どういうかたちでも安心できればいいのだ。
医者も薬も、信頼することが第1だから。

抗うつ剤ジェイゾロフト、
は少なくとも副作用が出るくらい効いていることはわかった。

メイラックスだけはどう効いてるんだかよくわからんけど。
寝る前に飲むし。
抗不安剤だから安心してお眠りなさいってことかな。
そう言えば最近追い詰められるような夢を見なくなった。
やるじゃんメイラックス。
って、これもプレシーボ効果かも。
  
  
  

デジタル化候補LP集

LPデジタル計画発動に伴って、LPチェックをしてみた。今手元にあるものでデジタル化したいものはこんな感じ。実家に行けばまだ少し増えちゃうかも。
   まず以前にも触れたけど、イギリスのThe Enid(エニド)の1stと2ndのオリジナル。現在CD化されているのは再録版。オリジナル版はゴチャゴチャと理由があってCD化は難しいらしい。
オリジナルの方が手作りな感じが繊細な音となって残っていて好きなのだ。


3枚目は「Fireballet」(ファイアーバレー)というアメリカのバンドの1stアルバム「Night On Bald Mountain」。King CrimsonのオリジナルメンバーのIan Mcdnaldがプロデュース。ボーカルがしっかりしていて、アレンジも多彩で聴き易い。クラシックの「禿げ山の一夜」を元に19分近い大作にアレンジしている。

Ian Mcdnaldがここぞというところでフルートやサックスを入れて、オイシイところを横取りしている感もなきにしもあらず、だったはず。

4枚目は日本のバンド「Negasphere」(ネガスフィア)の「Disadvantage」。ここでも紹介したKBBの菅野詩郎がドラムを叩いている。1985年作だからPageantらと同世代。何か凄く良かったっていう記憶しかない。「キャッスル・イン・ジ・エア〜」ってサビのところだけ覚えてる。う〜無念。

「ハードネス、構築美、プログレッシヴ・マインドの融合」を目指していたとライナーには書いてあり、18分の組曲とかもやっている。もの凄く聴きたい。

5枚目も日本のバンド「Heretic」(ヘレティック)の「Interface」。こちらも1985年の作品。ここでも紹介したフランスのHeldonのアルバム「Interface」に影響されたエレクトロニクス主体の音楽、だったような気がするが、LPには担当楽器にギターやバイオリンも書かれている。どんな音楽だったろう?

日本にはこうしたタイプのバンドは少なかったので、ぜひぜひもう一度聴きたい。

最後は「美狂乱 - EARLY LIVE VOL.1」。カセットテープ音源のため、音質の点からCD化はされないと言われているモノ。彼らには正規ライヴ盤はなく、いわゆるオフィシャル・ブートレグ(発売予定ではなく録音されたものを公式にライヴ版として出すモノ)はCDでも2枚出ている。しかしスタジオアルバムデビュー前1978年〜1979年の、初期メンバーでの演奏が聴けるのはこのアルバムだけなのだ。演奏は壮絶、だったと思う。音もハンパなく悪かったようにも思うけど。


こうして「はず」とか「思う」とか煮え切らない言葉で言わねばならない無念さを、なんとかはらしていきたいと思う所存である。