2009年3月8日日曜日

「ハレンチ学園 」の衝撃

  
「ハレンチ学園」は永井豪が1968年から1972年まで「少年ジャンプ」に連載されていたギャグ漫画だ。エッチな場面を盛り込んでいたため、それまでマンガの中にそうしたタイプのものがなかったこともあって、超人気作品となった。

もちろん今から見れば健康的なエッチ場面であり、個性的なキャラクターやストーリー的な面白さも十分持っていたのだが、
当時このマンガの影響で小学校でスカートめくりとかが流行ったりしたこともあり、当時はその性的表現が過激過ぎるとして、かなり批判された。

まぁ最近復権著しいドリフターズの「8時だョ!全員集合」みたいな感じかとか思って、大人のことなど関係ないやと読んでいたら、関係ないどころではなかったのだ。

1970年頃はまだマンガ読んでると勉強しなくなるというような偏見が強かった。そこに、さらに批判のマトになり易い性的表現が含まれていた「ハレンチ学園」は、PTAなどから強烈な批判を浴びた。その強烈さは相当なものだったらしく、ついに永井豪は「ハレンチ学園」を終わらせることにしたのだ。ただしギャグマンガ、というより少年マンガ誌史上かつてなかった壮絶な戦争描写で。

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第日本教育センター”なるPTAと文部省が合体したような組織が、ハレンチ学園を力でつぶそうとしてくる。そして「ハレンチ大戦争」というリアルな戦争が始まるのだ。連載は1970年半ばのことである。これは当時小学生であったわたしを含む読者みんなにとって、相当にショッキングなことだったと思う。

だって
ギャグマンガだったのが、キャラクターはそのままに戦争に突入、時にギャグを交えながらも、殺しあいの場面が延々描かれるのだ。ハレンチ学園の個性豊かな先生たちも、一人また一人と殺されていく。生徒もまさに戦争に巻き込まれたかのごとく、簡単に死んでいく。

戦争のリアリティを、予期せず、というかむしろ気を許していたエッチギャグマンガで見せられてしまったのだ。まだまだイメージできていなかった「戦争とは殺しあいなんだ」という事実。人が殺されるっていうのはこういうことなんだっていう視覚イメージ。不条理な死。自分の反戦の気持ちの基礎は、ここで培われたと言っても言い過ぎじゃないんじゃないかな。
「ハレンチ学園」自体はすでにここで完結している。ただ編集部の強い意向から、その後を描く第二部、第三部が存在するというが、わたしはそれは読んでいない。わたしの中では、あの壮絶な殺し合いで学園が滅んだところで「ハレンチ学園」は終わっている。
なんてことをふと思い出したら、復刊されていた。「キングシリーズ小池書院デラックス」として六巻まで出ているが、問題の「ハレンチ大戦争」は第一部扱いになった最初の連載分の最後として、第三巻に入っているらしい。

どうしよう。買っちゃおうかな。

2009年3月7日土曜日

「解体屋外伝」いとうせいこう

    
2008年に河出文庫で復刊した「ノーライフキング」(1988)で子供たちの“リアル”に迫り、「ワールズ・エンド・ガーデン」(新潮文庫、1993年)で1995年のオーム問題を予見するかのような、伝道師(グル)を中心とした解放区ムスリム・トーキョーを描いた、いとうせいこう。

彼の「解体屋外伝」(講談社文庫、1996年)は、洗脳のプロ・洗濯屋(ウォッシャー)と洗脳外しのプロ解体屋(デプログラマー)の戦いという、設定だけ聞いてもワクワクするほど魅力的な、ある意味“オーム以後”のリアルな世界を描いた傑作。乞う復刊。

そこに出てくる忘れられない言葉がある。解体屋自身が自分を見失いかけた時、友から繰り返しかけられる言葉。

「暗示の外に出ろ。俺たちには未来がある。」
「暗示の外に出ろ。俺たちには未来がある。」
「暗示の外に出ろ。俺たちには未来がある。」

そして解体屋は失いかけた自分を取り戻す。
それは今でもわたしのココロに響く言葉の一つ。

「暗示の外に出ろ。俺たちには未来がある。」

2009年3月6日金曜日

「バンドネオンの豹と青猫」あがた森魚

  
あがた森魚と言えば、古くは「赤色エレジー」のヒットで知られる非常に個性の強い歌い方をする歌手。ヒットした当時でさえ時代錯誤的な歌としてインパクトがあった。

でも「赤色エレジー」の昭和哀歌的世界は彼の一部に過ぎず、というか結構異色なシングルヒット作に過ぎず、彼本来の世界は夢と冒険と哀しみと優しさに満ちた、不可思議で懐かしい世界なのだ。

「バンドネオンの豹(ジャガー)と青猫」は、1987年発表の「バンドネオンの豹(ジャガー)」に始まるタンゴ三部作の第二部にあたる同年1987年の作品。タンゴ作品と言ってもオリジナルのタンゴを大切にしながらも、独自のあがたワールドにタンゴ色を取り入れた感じ。

第一部の「バンドネオンの豹(ジャガー)」の方がオリジナルタンゴへの敬意とノスタルジーが強く、タンゴの名曲に自身の詞を乗せて歌ったりしている。しかしバンドネオンにからむのはヴァイオリンかと思いきや、バリバリの高速エレキギターだったり、矢野顕子が競演した摩訶不思議な曲があったりと、意表を突くオリジナリティー豊かな曲が満載。

それに比べてこの第二部「バンドネオンの豹(ジャガー)と青猫」は、過ぎ去りし心熱き日々を振り返るような寂しさ、空しさが込められていて、第一部よりしっとりと、内省的で、なぜか涙ぐんでしまいそうになる世界に浸ることができる。それでもLP時代のB面は「バンドネオンの豹と黒猫」のためのサウンド・トラック」という21分にも及ぶ組曲。

バンドネオンとエレキギターの組み合わせなどの音楽的冒険や、シングルヒットを考えずにアルバムの完成度を求める点では、この2枚はプログレッシヴ・ロック的ですらあると思う。

彼の歌唱法は独特で、半ばモノローグ的な要素が入っているため、音程がメロディーに一致しない、というかメロディーに縛られない。でもハマると抜け出せない強烈な魅力があって、他の誰にもまねできない悲しさや美しさを伝えてくれるのだ。

ちなみに高圧線の歌はこの“サウンドトラック”に出てくる歌だった。不思議ワールドでしょ。そう言えば第三部って未だに出ていない。ずっと待ってるんだけどな。
    
   
「電気に話しかける猫」 

 風に綿帽子飛びて 高圧線に踊る
 風に綿帽子去りて 高圧線に響く  
 むかし僕らが住んでた ラジオの聴けた街では  
 識らぬ星の旅人 銀の空を撫でてた  
 月に赤い馬飛びて 高圧線に跳ねる  
 月に綿帽子降りて 高圧線は残る  
 むかし僕らが住んでた 映画に映る街では  
 人とポプラのざわめく 影帽子の空に  
 どのあたり 電気猫  
 電気に話しかける電気猫  
 くるりと宙返り  

 どのあたり 電気猫  

 電気に話しかける電気猫

2009年3月4日水曜日

桂枝雀と桂文楽

昨晩は、お気に入りの催眠剤レンドルミンも飲まずに眠れた。そう言えばまだ学生時代だった頃は寝る時に枕元にラジカセもって来て、寝る時に布団に入って電気を消してから、音楽や落語を聴いていたなぁと思い出した。そこで夕べはベッドに入って部屋も暗くしてからヘッドフォンで音楽を聴いて寝た。これ結構寝入るのにいいみたい。
そこで思い出したのが大学時代のこと。よく寝る時に聴いていた落語は、ほとんどが、桂枝雀か桂文楽のものだった。桂枝雀はラジオのエアチェックや、当時テレビで毎週やっていた番組「笑いころげて たっぷり枝雀」を録音したものだ。ラジカセのラインイン端子とテレビのイヤフォン端子をつないで、テレビを見ながら、最後に落語が始まると録音していたのだ。マメだったなぁ。

そして桂文楽。古今亭志ん生とともに落語会の2大スターなこの人のものは、実は大学の図書館にあった「桂文楽落語全集」みたいな全集ものを、密かに録音したものなのだ。あ〜カミングアウトしてしまった。
図書館所蔵のLPは貸し出しはされず、図書館内のブースで聞くことになっていた。そこで当時使っていたラジカセが意外と小さかったのをいいことに、ラジカセをバッグに入れて、何食わぬ顔をしてレコードを借りブースへ行くと、周りに見られないようにブースのヘッドフォン端子をラジカセのラインイン端子につなげ、一枚一枚録音したのである。すげぃ根気。執念と言ってもいいかもしれない。

なので今でも
実家にカセットテープの文楽全集もどきがあるのだ。桂枝雀のテープと一緒に、デジタル化できたらいいなぁ。

ちなみに桂枝雀は爆笑王の名を欲しいままにしながら、うつ病となり、いったん回復して高座に上がるが再発、ついには自ら命を絶つ。

一方桂文楽は、舞台上で、話の中のある人名が出てこなくなり絶句、土下座をしながら「台詞を忘れてしまいました…申し訳ありません…もう一度…勉強し直してまいります。」と言って、話の途中で高座を降りてしまったきり、以後二度と高座には上がらなかったという。

二人の落語を聞いていると、話芸のすばらしさに心ウキウキしてしまうけれど、二人とも芸に対して、鬼気迫るほど真剣だったんだなぁと思う。

酔っぱらって高座に上がり、途中で寝ちゃったり、違う話になっちゃったりしても客は喜んでいたという、古今亭志ん生みたいな生き方もいいけどね。
(写真は上右が桂枝雀、左下が桂文楽)

2009年3月1日日曜日

NHK「うつ病治療 常識が変わる」

「100万人を越えたと言われるうつ病患者。その半数は症状が再発、25%は治療に2年以上かかるなど、長引くケースが増えています。」
   
と始まる「NHKスペシャル『うつ病治療 常識が変わる』」(2009.2.25 深夜1:00放送)を見て、“不服薬計画”発動を決めたのだった。理由はいくつかある。


まず、うつ病患者にも色々なケースがあるし、新しいタイプのうつ病も出て来ていて、医者側のうつ病の診断や治療も困難になってきているという話が出てはくるのだが、やはり自分の症状は、うつ病と違うと思うのだ。振り返ってみても違う。食欲落ちないし。死にたいと思ったことは一度もないし。

そして服薬への不安。服薬量を見直して半分以下にした女性が劇的にうつ状態から改善する例が出てくる。うつ病の見立てとか薬の役割とか、根本的なところを考えずにただ漫然と薬を出してしまうケースも少なくないという。薬の量が増えて来ている自分の現状がダブった。

さらにセロトニンの働きを高める代表的な抗うつ剤SSRI(わたしが飲んでいたジェイゾロフトもこれ)は、過剰摂取すると脳内に異変が起きる。セロトニンが増え過ぎるとうつの症状が治まると同時に、意欲・やる気を出すドーパミンが減ってしまうというのだ。

ドーパミンが減ると無気力な状態になる。そしてそれがうつ症状に似ているので、抗うつ剤が効いていないと誤解され、抗うつ剤の量が増えるという悪循環。ひどいとめまいやふらつき、突然の転倒にも至るという。

もし自分がうつ病でないのに抗うつ剤を飲み続けていたら、知らない間にこの悪循環にはまってしまうのではないかと恐ろしくなった。

そして、いったん薬を切るべきだ。そう思ったのだ。

そしてこのブログでも紹介した「うつ病をなおす」(講談社現代新書、2004年)の著者、野村総一郎氏が紹介したのが下図である。



患者は、もの凄い勇気を持って主治医に質問したりお願いしたりする。うつ病であるのだから、そのエネルギーは大変なものである。だから、主治医側からの接し方が大事なのだ。そして薬以外の対応法を知らない。か、どうかはわからないけど、残念ながら、通院していて薬以外の対処法の話が出たことはない。また受診時間も5分くらいだ。込み具合が凄いから仕方ない部分もわかるんだけどね。

軽いうつが長く続く「気分変調症」、過食や過剰睡眠などの症状が出る「非定型うつ病」など、新しいタイプのうつ病も紹介される。精神科医にとって非常に難しい時代になったことは確かだ。でもある女性が良い病院を探して5カ所回ったところ、医師によって出された薬が全く違っていたという場面はショックだった。

私にとっては、夜中にすでにベッドに入っていたにも関わらず、どうしても「不服薬宣言」したくなるくらいの番組だったのだ。