94分の作品なので「崖の上のポニョ」(101分)よりちょっと短め、「千と千尋の神隠し」(125分)や「ハウルの動く城」(119分)よりはかなり短めで、「となりのトトロ」(88分)よりはちょっと長めといった感じ。
結論から言うと、非常に面白かった。大満足な作品であった。“現在のジブリ最高のアニメーター”と言われる米林監督らしさもちゃんと出ていて、新鮮さや初々しさも感じられた。
ストーリー的にはドラマティックな展開はないと言っていい。だからストーリーを軸に映画を観ると、宮崎駿的ハラハラドキドキ体験は少ないから、評価が厳しい人も出てくるかもしれない。異形のモノたちも登場しない。気持ち良く空を飛ぶこともない。
その代わり地味ながら出会いと別れとささやかな交流が描かれた映画として、ストーリー的に破綻や迷いがない。過剰なアニメ的演出もなく、「滅びゆく運命にある小人という種族の中の元気な少女」と「大繁栄をしている人間という種族にありながら病に冒され死に近いところにいる少年」という対比や感情の動きも、比較的さらりと描く。そう、全体に淡々としているのである。
ところがそれがいいのだ。観るものはその分おそらく絵に集中する。ポニョのような異様な迫力の絵ではなく、美しい自然の風景や、床下や建物の裏側の複雑で虫眼鏡で覗いたような絵を。つまりアリエッティの生きる世界を体感していくのである。
さらに絵が魅力を帯びているのは、アリエッティたちが小人であるために、必然的に、そしてもちろん意図的にでもあろうけれど、“カメラを引いた”俯瞰気味な構図が多いということ。つまりアリエッティたちの動きはバストアップとか、どこか一点にフォーカスしたものではなく、カラダ全体の動きとして描かれるのだ。
緑の庭を駆け回り、床下を走り、「借り」(“狩り”にかけてあるのも面白い)に人間の部屋へと出かけ、あるいは一人少年のもとへと蔦を上っていくアリエッティ。そのどれもがちょっと引いたアングルからカラダ全体の滑らかで美しい動きを描いている。それが何か、アニメーションの原点のような、“キャラクターが動いていることのワクワクした気持ち”を抱かせてくれるのだ。
周囲のモノとの対比を狙って、カラダ全体が映る状態からさらにちょっと“カメラを引いて”風景の中で動くアリエッティたちを描いているので、細やかで可憐な動きが一層印象に残る。
「猫の恩返し」などに比べると見た目はるかに宮崎駿的キャラクターを踏襲していながら、熱く行動的でオーバーアクション気味な宮崎アニメとは異なり、微妙に表情が大人びた感じがし、感情に任せた思い切った行動はしないというのも作品に合っている。
宮崎駿作品はどちらかと言えば、運命を変えていく、あるいは運命を切り開いていく物語である。言い方を変えれば、積極的に他者に関わりを持っていこうとする物語だ。しかしアリエッティは運命を受け入れる物語である。アリエッティも少年も、出会ったからといって背負っている運命は変わらない。でも出会ったことでその運命に立ち向かおうとする力を得ていく。
恋愛と呼ぶのもはばかられるほどの淡い出会いと別れである。でもその抑えた演技、抑えたストーリーが絶妙だと思う。だからこそ美しい動きを堪能し、アリエッティの世界を体感し、アリエッティの思いを共有することができる。
「ポニョ」とは別の意味で、なんだかスゴいものを観せてもらった、そんな気さえするのである。ジブリが培ってきた技術とこだわりが、宮崎駿とは違った世界を開いたんじゃないだろうか。
登場人物も少なく展開も地味でありながら、90分間観るものを魅きつけ続ける画面の力と語りの上手さ。米林監督のアニメーター魂を見せつけられた作品。傑作だと思う。