今ザ・ドリフターズの再評価の波が凄い。テレビでも「8時だョ!全員集合」の名場面集などを放送したりしてるし。傑作選DVDも人気だ。
面白いのは、当時「8時だョ!全員集合」をリアルタイムで見ていたわたしたちが、懐かしさで喜んでいるだけではなく、当時の自分たちと同じ年代の小学生くらいの子供たちが喜んで見ているということだ。
しかしそのザ・ドリフターズが音楽バンドであったことは意外と忘れられている。特にいかりや長介は米軍キャンプ内のクラブでベースを担当していた。そこでお客を楽しませるために始めたちょっとしたギャグが、その後につながるのだ。
確かにすでにクレージー・キャッツという音楽ギャグのできるバンドがあり、輝いていた時期ではあったが、始めからそこを目指して音楽活動を始めたわけではなかったと言う。もともとは、いかりや長介:ベース、加藤 茶:ドラムス、高木ブー:ギター、仲本工事:ギター、ボーカル、荒井 注:ピアノという編成の音楽バンドなのだ。それがポスト・クレージー・キャッツとして音楽ギャグのできるバンドとして白羽の矢が立ち、特異なスタイルのお笑いグループへと変身していく。
「だめだこりゃ」(いかりや長介、新潮文庫、2003年)には、そうした“ドリフ以前”のバンド生活から“ドリフ後”の俳優生活までを振り返った、著者の自伝である。実際にハードカバーで出たときには、「だめだこりゃ いかりや長介自伝」というタイトルだった。
筆者の語りがやわらかい。そして冷静だ。
「ドリフの笑いの成功は、ギャグが独創的であったわけでもなんでもなく、このメンバーの位置関係を作ったことにあると思う。」
「私たちの笑いは、ネタを稽古で練り上げて、タイミングよく放つところにある。私たちはバンドマン上がりらしく、『あと一拍、早く』『もう二拍待って』とか、音楽用語を使ってタイミングを計りながら稽古した。」
位置関係とは、いかりや長介=権力者、残りの4人は弱者という構図。さらに4人のカラーも、「反抗的な荒井、怒られないようにピリピリする加藤、ボーッとしている高木、何を考えてるんだかワカンナイ仲本」というキャラクター作りのことだ。
そして伝説の「8時だョ!全員集合」が1969年に始まる。なぜ“伝説の”なのか。それは1時間番組を、毎週、公会堂などを使って公開生放送で行うという、今では考えられないことを、なんと16年間も続けたという凄さにある。“奇跡”の番組と言ってもいい。
毎週毎週新しいギャグを考えきっちり稽古をし、公開場所にセットを組み、怪我のないように注意しながら、始まったらカラダをはって1時間を乗り切る。やり直しや編集は利かない、一発勝負。それも時間枠内で、きっちり見せて、会場も、お茶の間も楽しませる必要がある。
「ドリフは素人芸で全然しゃべりが、特にアドリブのしゃべりができなかったからだ。
ドリフは子供をターゲットにしたお笑いと分析されたり、レッテルを貼られたりするが、我々にそういう意識はなかった。動いて笑いをとる。動きで笑いをとるということを実践していただけだ。言葉に頼らない笑い。だから子供でも笑える舞台ができたのだと思う。」
そう言えばウクレレについて触れた部分があった。なんかそのくだりも読んでいてうれしくなってしまった。
「ホントはウクレレって大変な楽器だと思う。弦が多い方がごまかしも利くし、弦が長い方が音が低くて失敗を気取られにくいし。非常に繊細で、難しい楽器なのだ。」
そして「すべては成り行きだった。偶然だった。」と振り返る著者に、すごく温かい眼差しを感じてしまう。舞台裏の話も面白いけれど、淡々と語るこの語り口が、やさしくあたたかい。読んでいて、とても心地よい本でした。