2010年6月25日金曜日

「加那 -イトシキヒトヨ」城南海

  
加那 -イトシキヒトヨ-」は城南海(きずきみなみ)の1stフル・アルバム。2009年8月に発表された作品だけれど、遅ればせながら最近一番のヘビー・ローテーションな1枚である。

平成元年に奄美大島で生まれ、14歳で徳之島に移るまで奄美で過ごす。兄の影響で奄美民謡「島唄」を始め、15歳から移り住んだ鹿児島で「島唄」のストリート・パフォーマンス中にスカウトされ歌手デビューに至ったという。言わば叩き上げである。

奄美の島唄を基本に持ちながら活躍している歌手というと、まず浮かぶのが元ちとせだろう。確かにコブシ回しやビブラートのないストレートな歌唱法はとても近いものがあるし、どこか雄大で懐かしさのある世界を垣間見せてくれるところも似ている。

しかし決定的に違うのは、元ちとせが、あの鼻にかかったような独特な声質と消え入るような高音で、どこか巫女のような独特な存在感を持つのに比べ、城南海はもっとクリアでストレートな声を持つ等身大の女性点という感じがする点だ。そのため元ちとせとのような神秘的な包容力はないが、心に染入る美しさがある。

   
もっと言えば元ちとせが、強烈な歌世界を作る反面、その個性の強さゆえに、それを十分に引き出す楽曲が絞られてしまう傾向があるのとは対照的に、城南海の守備範囲は広く、本アルバムで聴けるように様々なタイプの曲を見事に歌いこなせるのである。曲によって声や歌い方も変えているが、ポップス系の曲でも変にJポップ調になることもなく、基本が揺らいでいないところがいい。

この守備範囲の広さを可能にしているのは、彼女の表現力だ。もちろん安定した音程や地声と裏声の自然な使い分けなど、やはり島唄で鍛えられたと思われるしっかりした歌唱力が基礎にある。しかし島唄的歌唱法に頼っていない。だからコブシは彼女の強力な武器ではあるのだけど、敢えてコブシを使わない曲すらある。でも違和感がない。

個人的にはピアノ伴奏のみで歌い上げる「紅」に痺れた。これは「ダニー・ボーイ」として知られるアイルランド民謡をアレンジした歌である。「ダニー・ボーイ」という歌そのものが大好きなこともあるが、それを見事にオリジナルな世界として作り上げている。コブシ回しや透き通る高音部を駆使しつつ、そこに込められた情感の豊かさ。聴き始めると時間が止まる。

1stアルバム故にいろいろな可能性を見せてくれた作品。傑作。

本アルバムでは彼女自身は曲作りにはほとんど関わっていないが(「紅」の歌詞のみクレジットされている)、ぜひとも“世界平和”や“人類愛”みたいな方向にはいかずに、等身大な世界を広く深く歌い続けて欲しい。