2010年6月4日金曜日

「洞窟ゲーム」まどの一哉

   
洞窟ゲーム」(まどの一哉、青林工藝舎、2010年)は独特な世界を持つ作品である。作者は1956年生まれで赤瀬川原平の美学校絵文字工房を卒業、現在エディトリアルデザインを中心としたデザイナー兼漫画家。デザイナーの時の名義は真殿一哉。

漫画としての経歴も長くデビューは1976年「ガロ」。以降「ガロ」、「アックス」、「クイック・ジャパン」などに作品を発表している。この「洞窟ゲーム」は漫画誌「アックス」に連載されたものをまとめた短編集だ。

その「アックス」誌での広告で『ありえない!でも不思議なことにこの世界には確かに記憶がある…。』というコピーが使われたと言うが、まさにそんな不思議で妙に面白い世界が展開される。

表紙を見ると不条理ギャグマンガのように映るかもしれない。でもこれが違うのだ。一見ギャグ的な要素や展開がありながら、それが“ギャク”として着地しないまま読者は放置され物語は進んでいき、最後に読者はそのまま放り出される。するとある種シュールな世界へとつながってしまうのだ。

物語によっては諸星大二郎を思わせるような雰囲気もある。いわゆる異界譚である。絵柄も同じような地味さゆえの説得力を持っている。しかし諸星大二郎が異界を異界として読者が意識できるような描き方をしているのに対し、「洞窟ゲーム」の世界は日常と異界との境目がない。登場人物は主人公だけでなくその多くが、この日常と異界が混ざり合った世界で生きている。そしてその異界が時にかなりバカバカしい世界であるが故に、“異界譚”にも着地しないことが多いのだ。

その独特な世界の日常を追っていくことで、読者はわかり易く定型化された感情とは別個の、自分の中に潜んでいた言葉にならない感情を引き出されることになる。ギャクにも異界譚にも着地しないという意味では、「バカバカしい」とか「意味がわからない」とかいった拒否反応を示す読者もあるかと思う。そう言う点では読む人を選ぶ漫画である。

でもそれはこの漫画が、定型化された感情とは違った感情を喚起する漫画だからなのだ。実は非常に斬新な内容を秘めているのである。帯の文句ではないが「癖になりそう」な魅力に満ちている。