お正月2日に実家に年始に寄った際
実は今は仕事に行っていないことを
それとなく母様と弟クンに話したのだ
あらかじめ決心して臨んだわけではない
実家であれこれ雑談しているうちに
何となく話しちゃおうかなぁという気になったのである
ただ前々から
何かの拍子にいきなり退職した話になると
恐らくひどくビックリさせるんではないかと思い
話しておかなきゃだろうなぁということは
心に引っ掛かってはいたのだ
ただし少しずつ心の準備をしてもらおうということで
ここ半年ほど休職していることにしておいた
だって変な話だが
身内の葬式があったりした時
“職場の人”は恐らく誰も
「お手伝い」にも「弔問」にも来ないわけだ
父は84歳で両目失明で半身不随の車椅子生活で
介護施設に入所の身であるから
それは突飛な話ではないのである
でも“うつ病”になりかけたから
そうなる前に休むことにしたとも伝えた
そのあたりの仕事を続ける精神的なキツさは
わりとストレートに伝えた
どういう反応を示すだろうかということも知りたかった
そういうストレス性のキツさに
どれくらい理解を示してくれるのか
あるいはくれないのか
そうしたら
「“なりそうなところ”で休めたんだから良かったじゃないの。あの雅子様と同じようなヤツでしょ?無理することはないじゃない。何かここのところ静かだったから、家族の誰かに何かあるんじゃないかって心配はしてたんだよ。でもあんた本人がマイッテいたとは思わなかったけど。」
そう言えば去年の春には「実家ビフォー・アフター」とか言って
多い時には週に何回も実家に行き
ゴミ屋敷化していた部屋の片付けをしていたのだった
それがパタッと止んだ後
ずっと満足な連絡も取っていなかったのだ
80歳になる母様であるが
さすがにそのあたりのカンは鋭い
弟も
「オレの職場にもたくさんいるよ。特別なことじゃないよ〜。これを機会に料理でも習ったら?」
と言ってくれた
料理の話は聞かなかったことにしたい
このまま仕事に復帰しないかもという話をしても
大して動じることもなく聞いていたので
しばらくしたら退職したことを伝えようと思う
時代は違うけど教員の大変さを知っている父様にも
伝えておいてもらうことにした
事後報告のように淡々と話ができたから
少なくとも今こうして伝えている姿からは
病気で苦しんでいるとか
気持ち的に追い込まれているとかいったことは
まったく感じられなかったと思うから
聞く方も落ち着いて聞けたんだろうという気はする
こういうことも“時期”というか
“タイミング”っていうものがあるんだと思った
退職の話を伝える時には
何か新しい「仕事」が
少しでも見えているといいなぁ