2010年5月13日木曜日

イギリス階級社会とプログレッシヴ・ロック

イギリス議会選挙で、13年ぶりに保守党が第一党になった。しかし単独で議席の過半数を取れなかったことから、戦後初の連立政権が樹立された。歴史的にも実に異例の事態だということだ。
     
今回のイギリスの連立政権樹立の裏には、保守党と労働党という二大政党制を支えていた階級社会の崩壊があるという指摘もあるという。イギリスは収入や暮らし向きとは関係なく、強固な階級社会を形成していた。これは世襲制の貴族の存在が大きく、階級に寄って発音まで違うと言われるほどだ。
  
イギリスの階級は上流(アッパー・クラス)、中産(ミドル・クラス)、労働者(ワーキング・クラス)に大別され、実質さらに失業者などのアンダー層が加わる。アッパー・クラスはいわゆる貴族社会。ミドル・クラスはさらに細分化されているらしいが、アッパー・ミドル・クラスが聖職者、研究 者、法律関係者、医者、軍人の士官など、いわゆるハイソな人々のイメージらしい。ワーキング・クラスはいわゆるブルーカラーなイメージだろう。

そんな中でビートルズ、ローリング・ストーンズなど、イギリスのロックは労働者階級の音楽として発展して来た。2005年に発表されたジョン・レノンのベスト・アルバムタイトルは「決定盤ジョン・レノン〜ワーキング・クラス・ヒーロー (WORKING CLASS HERO - THE DEFINITIVE LENNON) 」だったし。

プログレッシヴ・ロック関係で見ると、自叙伝を訳しているビル・ブラッフォードは父親が獣医だったからアッパーではないミドル・クラスな感じがする。ワーキング・クラス出身のフィル・コリンズに対するちょっと辛口な見方にもそれを感じる。音楽的環境に恵まれていたメンバーが多いが、バンドとしてはワーキング・クラスなバンドだろう。ロバート・フリップは勤勉なワーキング・クラスの家に生まれたと「クリムゾン・キングの宮殿 〜風に語りて」(シド・スミス、ストレンジデイズ、2007)には書かれている。
ミドル・クラスに属しているのはピンク・フロイドである。シド・バレット、デイヴ・ギルモア、ロジャー・ウォーターズの3人は、教育の中心地として名を馳せていたケンブリッジに生まれ、大学進学を目指したグラマー・スクールに通っていた。両親にも教育関係者が多かった。

ちょっと特異な例としてはジェネシスか。ピーター・ガブリエルはミドル・クラスの子息が学ぶ寄宿制の伝統校で、トニー・バンクスやマイク・ラザフォードに出会っている。基本メンバーはアッパー・ミドル・クラスに近い。しかし最強ラインナップと言われるメンバーの一人で、オーディションで加入したフィル・コリンズは、前述のようにワーキング・クラス出身者である。5歳から演劇界にで活躍し、様々な映画にも出演、「バスター!」では主役も果たした。ジェネシスは階級混成バンドなのだ。

ちなみにワーキング・クラスの愛するスポーツがサッカーであるのに対し、アッパー・クラスや(アッパー)ミドル・クラスのスポーツは、クリケットや乗馬。ジェネシスの「Nursery Cryme(怪奇骨董音楽箱)」に描かれているクロッケー(日本のゲートボールの原型になったもの)も、元々は宮廷貴族のゲームだったらしいから、まさにミドル・クラス色の強いジェネシスらしいイメージだとも言える。

こうして見ると、1977年に爆発的に流行したパンク・ロックが重厚長大な音楽としてプログレッシヴ・ロックを目の敵にしていたが、中でもピンク・フロイドが矢面に立っていた感があるところなどは、音楽的な反動とともに、こうしたワーキング・クラスからの階級差別意識を一番ぶつけやすい存在だったからかもしれないなぁ、とか思うのであった。