2014年1月29日水曜日

母サマの話を聞くということ

昨日はまたまた実家詣での日
ちょっとヨレヨレしている最近のワタシではあるが
ウクレレ教室で1時間レッスンしてから
2時間電車に揺られて最寄り駅に到着し
お昼ご飯のお弁当を買っていって
母サマがそれを食べ始めたのが
午後3時という遅さであった

ウクレレ教室のある火曜日は
どうしても到着が遅くなってしまうなぁ

最近元気になってきた母サマは
以前のように行ってみたらベッドに臥せっていた
みたいなこともなくなり
毎週水曜日のリハビリにも
規則正しく通えるようになってきた

それとともに口も元気になって
とにかくよくしゃべるしゃべる
時々そもそも何を言おうとしていたのか
わからなくなっちゃった…ってこともあるけど
基本的には筋の通った話をしている

でも…
毎回同じ話を丁寧にくり返してくれるので
これをじっと聞いているのは中々ツライものがあるのだ
話題はリハビリが大変なこと
一人暮らししている伯母からの長電話のこと
弟クンの帰りが遅いことなどなどだが
結局そういう話題しかないのだから仕方がないのだ
  
それをいつも
今日初めて話すみたいな感じで
懇切丁寧に一から説明してくれるのである

特にもうオジサンな年齢の弟クンの心配事は尽きないようで
仕事の帰りが夜中遅くて結婚できなくて髪の毛が薄くなって
着るものを買わなくてライブばっかり行っていて
朝自分で起きられなくて困った困ったということなのだ

もういい加減いい大人なんだから本人に任せなさいとか
ずっと言ってきたんだけどダメである
いやこれは“心配したい”んだなと思ったのだ

おしゃべりも内容ではなく
しゃべる行為そのものが楽しいのだ
かなり一方的ではあるけれど
コミュニケーションできているのが嬉しいのだろう

きっと理屈を説いたり解決策を考えたりして
仮に何かが改善されたとしても
また新たな愚痴や心配事が出てくる仕組みなのだな

だからワタシとしては基本的には「そうだね」って言いながら
思う存分話させてあげることが大事で
これは本当に何とかした方が良いだろうということを
ワタシの方でピックアップして処理するっていうのが
最善の対応方法であろうと思うのだ

でもこれ結構忍耐がいるのですよ
その忍耐力はワタシの体調に左右されるのだ
そしてキリのないことなのです