ハイジを翻訳する毎日に少しずつ戻りつつある今日この頃。
と言いますか、今日になってやっと久しぶりに、
少しまとまって翻訳が進んだのである。
今ハイジはフランクフルトのゼーゼマン家で
強烈なホームシックと戦っているのだ。
ハイジの物語の中でも読んでいて一番つらい時期である。
ロッテンマイヤー女史の厳しい目に耐え、
やっと自分を理解してくれるおばあさまが現れたと思ったら、
もう帰る時期がやって来たのだ。
家に帰ると言い出すことは恩知らずなことだと思い込み、
ハイジは自分の悲しみや辛さを
クララにもおばあさまにも話すことができない。
するとおばあさまは、
辛いことがあってそれを誰にも話せないのなら
神様に祈りなさいと言うのである。そこを読んで、
宗教とは本来そういうことなのだなと思ったのだ。
この、どうにもならない理不尽さ、
やり場のない悲しみや苦しみや怒りの持っていく場所として
神様が生まれたんだろうなぁ。
それは村人皆で拝み奉る
アニミズム的なやおろずの神々とはちょっと違って、
とても個人的な、最後の最後に救いを求める神なのだ。
ハイジの原作は宗教色(キリスト教色)が強いと言われるけど、
こういう風に描かれる神は、
キリスト教信者で有る無しに関係なく、
抵抗なく自然に読めるはずである。
なんてことを考えつつ、今日は冷えピタをしているのである。
猛烈なコンペ用CG制作の後遺症か、今ひとつ調子が良くない。
一昨日は飲み会を、昨日は母サマの入院の付き添いを
どうにかこなしはしたものの、
ずっと微頭痛が続いて調子が上がらないままなのである。
ハイジが元気を取り戻すところまで訳が進めば、
きっとワタシも元気になる、そう思い込むことにする。
そうやってワタシも
病休後のこの6年を生きて来たのである。
神に祈るのとは違うけれど、
とにかく何かにすがるという点では
似たようなものかもしれないなぁ。