2009年5月1日金曜日

シャーロック・ホームズとジェレミー・ブレット

ご存知の通り、数ある推理小説、数ある名探偵の中でも、その知名度と人気において抜きん出て有名なシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)は、「失われた世界」などの著作でもおなじみのアーサー・コナン・ドイル(Conan Doyle)が作り出した架空の名探偵である。

架空の番地「ベーカー街221B」を拠点とし、医師のワトソン博士とともに、難事件を鮮やかな推理と抜群の行動力で解決していく物語は、1887年の「緋色の研究」とともに人気を博
し、全60編にも及ぶ物語が作られることとなる。

病休に入り自己嫌悪とともに時間を持て余す毎日を送っていた頃、「刑事コロンボ」とともに精神安定剤的に役立ったのが、なぜかシャーロック・ホームズを読むことだった。「シャーロック・ホームズの生還」(右上図)「シャーロック・ホームズの事件簿」と読んだ。
短編集だから気軽に読めるし、ある意味「刑事コロンボ」に似て、大まかな展開は同じだし、比較的狭い世界での話だから安心して読み進められたのだ。
実際に久しぶりに読んでみると、ワトソンの描く依頼者の風貌やホームズの性格、事件現場などの情景がとても丁寧で細かいため、筋を追いトリックの種明かしを楽しむだけでない、読み物としての面白さもあることに気づく。
そしてあらためて感じる、身長180cm、尖った鼻、灰色の目、突き出たあごというホームズの魅力。犯罪に関係しそうな専門知識には精通しているが、それ以外には無頓着。しかし音楽鑑賞を趣味とし、ヴァイオリンを弾いたりもする。棒術、ボクシング、フェンシング、日本の護身術バリツの達人。
犯罪を待ち望んでいるような一面も持ち、事件がないと暇をもてあましパイプを吹かし、時にはコカインを注射する。多くの犯罪関係の資料を持ちながら、室内は乱雑。その常識的、模範的大人でないところ、“正義の味方”でも“理想的な紳士”でもない、どこか偏った性格と冷たそうな風貌がまたイイのだ。

ちなみにホームズ物は多くの俳優により舞台や映像になっているが、1984年から始まったグラナダTV制作の「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズが、原作に忠実に再現された情景やストーリー展開、原作のイメージを尊重した俳優の起用などで、非常に評価が高い。日本でもNHKで露口茂の吹き替えで放送されていた。
このシャーロック・ホームズ役のジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)が、ホームズのイメージにピッタリだったということも、このシリーズの成功の大きな要因だった(左写真)。

しかし実は彼はホームズ役の評価が高まるのとは裏腹に、妻を亡くしたショックから躁鬱病に陥り、心臓の病いもあって、心身ともにボロボロの状態でシリーズ後半の撮影に臨んでいたのだった。

それでも驚異的な意志で役を続けたが、1995年、ついに心臓マヒにより帰らぬ人となる。シリーズは全60話のうちの残り18編を残し、幕を閉じることとなる。

そんなことを知ったのは、ホームズを読み始めた後だった。映像はNHKで少し見た記憶があるだけだが、ジェレミー・ブレッドへの親近感は一気に高まった。躁鬱病でも死ぬまで役をやりとげた強さ。もちろん本来は頑張ってはいけないわけだけど。でもその生き方にとても勇気づけられたのだ。
そして、何気なく読み始めたシャーロック・ホームズが、こんな出会いに導いてくれたとは、これもまた不思議な縁だなぁと思ったのだ。ホームズに、そしてジェレミーに、わたしは支えられたのだった。
  
(内容に関しては「僕たちの好きなシャーロック・ホームズ (別冊宝島 1537)」(宝島社、2008年)を参考にさせていただきました。また写真、挿絵も同書のものを使用させていただきました。