●一つ目
電車に揺られている。
まわりにいるのは顔の知らない“同僚たち”で、
とにかくわたしは逃げ出したいと思っている。
抜け出して、ほっとできたら、休暇の電話を入れよう。
でも誰かに面と向かって休みますとか帰りますとか
言うことはできない。
外見上はどうみても元気なのだから。
それにワタシだって、
どうしてここにいられないのか、いたくないのか
自分でも説明できないのだから。
(バスに乗り換えるから、そのタイミングだな)
そう思うと、もうそこはバスターミナルである。
でもデパートの中だ。
ターミナルにデパートが隣接しているのではなく、
デパートの陳列物の間を
神業のようにバスが通り抜けていく。
今も衣料品売り場の、ハンガーとハンガーの間を
バスが通り抜けていき
奥の試着室の方へと消えていった。
そんなごちゃごちゃした衣類にまぎれて
ワタシはどうにか脱出し、トイレに逃げ込む。
でもトイレの壁はビニールが吊ってあるだけだから
ちょっと脇からのぞかれると発見されてしまうのだ。
(これからどうしよう……)
そわそわしながら、そう思っているワタシ。
●二つ目
「バサッ」
テーブルから辞書を落としたような音で目がさめる。
ベッドから下を見ると辞書らしい分厚い本が落ちている。
(あれが落ちたのか……。どこから……?)
もう一度ベッドに横になる。真上に透けた天井が見える。
そこに天井を透かして辞書が見える。
(あっちの辞書が落ちたのか、あの天井へ。でもどこから……?)
●三つ目
畳の部屋に布団を敷いて横になっている。
うつ伏せになって、顔を左に向けてうとうとしている。
突然布団の下から、赤ん坊の右手が現れる。
まるで畳という海から、
ワタシの布団に上がってこようとしているみたいだ。
震えるほど驚く。
「ありえない……。こんなことありえない……。」
右手はワタシの左手の指をつかむ。
すると左手も現れる。
左手もわたしの左手の指をつかむ。
赤ん坊の指は柔らかく優しく、ワタシは少し安心する。
そしてあたまが現れる。
でもそれは赤ん坊の形をしているけれど
墨で塗りつぶしたように真っ黒だ。
これは赤ん坊ではない…。
わたしは叫び声を上げる。
…………そこで目が覚めた。
わたしはうつぶせで寝ていて、
叫び声をあげようともがいていた。
これだけ体調も回復し、仕事もできるようになったが、
今でも精神的には不安定な毎日を
ワタシは送っているのである。
今日の夢はそのささやかな例に過ぎない。
でもとにかく一歩一歩前に進むのである。